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初恋の人

 少しクセのある硬めの髪は、珍しく伸びて、ちょっとぼっさりとしていた。

 相変わらず愛想はあまりないけれど、今日の『彼』は、少し笑ったり、話したりしてくれている。

 バスケを得意としているだけあって、少し肩が中に入り、猫背ぎみで、腕が前に出がちな歩き方。
 
 鼻筋が通り、バランスの良い顔。

 やはり胸がときめいてしまう。好きだと思う。

 みんなにはやめろと言われるが、どうしても惹かれてしまい、諦めきれない。

 今日は、私達2人と他にも友人が何人か。

 みんなで歩きながら、普段は冷たいことの多い彼が、今日はやけに私に優しくて、甘い感じすらしている。
 嬉しくて、私はすっかりその気になっていた。一緒にいよう、と。

 しかし、そこでふと別の顔が浮かんだ。

 今の夫だ。

 私は、急に『このまま彼と結婚して良いのだろうか』と不安にかられた。

 ☆☆☆

 と、ここまで読んでくださった方にまずお詫びをしたい。実はこれ、昨夜の夢の話である。

 何の前触れもなく、昨夜は『彼』が現れたのだった。私の初恋の人だ。

 目覚めた時もぼんやりとして、初恋の人に会った時そのままのフワフワとした気持ちが続いていた。

 年に一度か二度、こうして初恋の人は夢に現れる。何の前触れもない。眠る前に思い出しているわけでもない。

 彼には、大学入学と同時に一目惚れをした。一時期、ご飯が喉を通らなくなった。それから約7年間、恋い焦がれた。

 ずっと片想いで、もうだめだと最後の告白をした時に、『待った』が入り、付き合うことになったのが大学2年生の秋頃か。
 手が震えるほど緊張しながら、よく携帯から電話をかけた。会話が続かなくても、心臓の高鳴りは収まらなくても、それでも幸せだった。

 そこから、卒業後3年間ほどは、交際が続いた。

 卒業後は遠距離恋愛となったが、主に私が彼のもとに新幹線で向かった。

 しかし、徐々に私は違和感を感じていた。

 実際は、付き合い始めたころから分かっていたことかもしれない。

 彼は、あまり私のことを好きではなかった。
 少なくとも行動で愛情を感じることは、ほぼなかった。

 いつも愛想はなく、彼から電話をかけてくることも滅多にない。

 デートは、平気で30分以上遅刻する。
 何をしていたかというと、掃除機をかけていた、とか。

 彼は、潔癖な程に綺麗好きで、部屋はいつも清潔で整理されていた。でも、私は彼のそういうところも好きだった。

 まず、一目惚れした時点で、私にとって彼は本能的に魅力的で、どこをとってもタイプとしか言いようがなかった。

 でも、口数は少なく、友達も限定的。授業もサボるし、私に関心はない。

 そういう人と何年も一緒にいて、友人からは本当に呆れられていた。もう別れなよ、と何度も言われた。なのに、諦めきれなかった。何がなくても、私が彼の恋人というポジションにいられることだけでありがたかった。

 それでも、ある日、新幹線で駆けつけた私が、迎えの彼の車に乗り込んだ時、ふと咳き込むと『また風邪?うつされたら困るんだけど。』と、嫌そうに言われた言葉が忘れられない。よく来たねとも、会いたかったとも言わない。
 挨拶すらしていないそのタイミングで、そう言い放ったのだ。
 私は、思わず車から降りようかと思うほど、悲しくて傷ついていた。

 何をしても、どんなに料理をしても、贈り物をしても、笑顔で接しても、彼が本気で喜んだ顔を見たことがなかった。

 高揚した気持ちが強く、言葉が出てこなくなりがちな私に『面白い話ないの?』とぶっきらぼうに言われたこともある。

 今思えば、夜、2人で眠り、ひととき肌を触れ合わせても最後までいかなかったのは、私が心の奥底で、この人とは結ばれない、と分かっていたからかもしれない。

 悲しさが募り、耐えきれなくなった時、私から別れを切り出し、そのまま関係は終わった。

 これは、彼の悪口ではない。
 私にも愛されない何か欠点があったかもしれないのだ。
 単に相性の問題かもしれない。

 何であれ、私の痛い痛い、そして眩しい青春。ありがたくて切なくて、忘れられない時間。

 もし再会できたなら…

 その時はどんな顔で会おうか、何を言おうかと無駄な想像をすることもたまにある。
 
 正直、謝りたい気持ちの方が多い。私が強引に彼の青春を奪っていなかったか。
 いや、むしろ、謝られることの方が傲慢だろうか。何を勝手に、と思われるかも知れない。

 そういう時に限って彼は夢に出てこないのだが。

 でも、昨夜は、彼と過ごしている時に、初めて今の夫のことを思い出した。

 『彼と結婚してはいけない。付き合っている時点でこれほど苦しいのに、結婚しても幸せにはなれない。』

 そう脳裏によぎって踏みとどまる私がいた。

 夫と結婚して11年。

 本当にいろんな苦悩があり、泣きもし、怒ったりもし、もう私達はダメだ、と何度も諦めかけたりもした。
 
 それでも、なんとか続いている。

 何より私は、夫の隣で私のままでいられている。

 夫とは、習慣も価値観もまるで違うが、なんとかなっている。

 今後も危機は訪れると思うが、年数を重ねているということは、ただ忍耐だけとも言い切れないかもしれない。

 できれば、たまーに初恋の人にときめきと刺激をもらいつつ、『ああ、これでよかった』のだと感謝できるようでありたい。

 誠に勝手でふしだらな話である。

 

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