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味玉不要論

人と羊では味玉は開店当初より出しておりません。

羊をメインに使った今までにないラーメンを作っておいてトッピングが普通の味玉っていうのは作り手としても客観的に見てもありえないだろう、というのが理由です。

そもそも醤油で味つけした茹で卵がラーメンに入ったのは荻窪の今はなき「漢珍亭」さんとも言われています。ひき肉と一緒に煮た茹で卵をひき肉ごとラーメンに乗せるのはまだまだ卵も肉もご馳走の部類だった頃にはさぞ衝撃だったでしょう。


それから30年以上経ち葛西の「ちばき屋」さんが半熟味玉を初めてラーメンのトッピングとして出します。味がしっかり染みているのに半熟というのも画期的だったでしょう。数年後には味玉といえば半熟、硬茹でだとがっかり、という風潮になりました。

初めて燻製にした味玉を常時提供したラーメン屋はこれまた今はなき「竈」さんでしょうか。
味玉の中に注射器でだし汁を注入したのは「能登山」さん。
どちらも90年代後半〜開店のお店です。

それ以来味玉はこれといった革新は出ていませんが、引き続きラーメンのトッピングでは一番人気のままです。

味玉が根強い人気なのは美味しさよりもデフォルトでは乗らないものが100円前後で気軽に足せるお得感と、初めての店でも味がだいたい想像つく安心感にあるんじゃないですかね。


味玉の味はここ20年で全くと言っていいほど変化がなく、故に安心して追加しやすいのは間違いないでしょう。
店ごとの差もほとんどなければ、卵かけご飯のように上質な卵を使っても特段に美味しくなるわけでもない。良くも悪くもそういう食べものです。

味玉の作り方はあえて書く必要もないですが、要は半熟玉子を出汁醤油に漬け込むだけです。半熟玉子は小学校の調理実習でも作るレベルですから、家庭でお子様が作れる料理です。

それを店で一度に50個、100個作るとなると技術的には難しくはないですが別の難しさが出てきます。
大量になるとどうしても熱が均一にはならない上に個体差もあるので、1割くらいはうまく剥けずロスになります。

割れた卵を50円で出したり常連さんにサービスする店もありますが、やはり見栄えが悪いので賄いにするしかない店がほとんどだと思います。
リメイクするにもタルタルソースかポテサラくらいしか使いみちがないですし。

数個程度ならロスも出ず数分で奇麗に剥ききれる卵も一度に50個になると熟練者でも20分以上かかります。
なので茹で湯を沸かし、茹でる個数の卵を出し、別の鍋で漬けだれを作り、所定時間卵を茹でたら氷水で冷やし、殻を剥き、漬けだれに漬け、その間注文や電話などにも対応する、となるとトータルで40分はかかるそこそこの作業になります。

つまり味玉はどこで作っても味に大差は出ない上に、家庭では簡単で店では面倒くさい料理と言えます。

そもそもラーメンに味玉を乗せることで美味しさが上がるのでしょうか。

丼の中で味玉を割ると黄身がスープに溶け出し味も見た目も濁る一方で、味玉の中にスープが染み込んで旨味が上がります。

つまり、味玉がラーメンを美味しくするのではなく、ラーメンが味玉を美味しくしているのではないか。

そんな疑問から人と羊では味玉は作りませんでしたし、今後も作りません。
が、やはり卵のトッピングはあったほうがいいのではということでスパニッシュオムレツのトッピングを始めました。

スパニッシュオムレツは型や入れる具材で店ごとの個性も季節感も出せますし、余剰した食材も使える上に一度に数十個オーブン調理でき、焼いている間は他の作業に集中できるし、売れ残らない限りロスは出ません。
味玉と同じく家庭でも作れるものではあるものの、工夫次第で店ならではのモノに仕上げることができます。
見た目も色鮮やかですしスープに影響を与えることもない。味玉よりもいいことずくめではないでしょうか。

こういう理由でしれっとスパニッシュオムレツのトッピングを始めましたが、特に誰からも「なんで味玉じゃないんですか?」などと聞かれることもなくご注文下さっていたので、なんていいお客様に恵まれているのかと感嘆しました。

また別のラーメンではだし巻き玉子を載せてみました。玉子に巻き込んだ柚子胡椒で味の変化を楽しんでもらえる上に見た目も特徴づけられたと思います。

というわけで私は味玉を作る時間を使って別の卵料理を作ります。

本田圭佑選手がその時間を使ってフリーキックの練習をするように。

そういう時間の使い方もできると思うんですよ。

だって考えてみてくださいよ。

ブラジルの選手、味玉なんか作らないでしょ。

店主の勉強代になります。何かしらのカタチで還元できると思いますので魔が差したらサポートおねがいします。