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未発売映画劇場「サント対無法の群れ」

さてさて、まだまだ続くサント映画完全チェック。第38弾は「Las bestias del terror」 英語題は「The Beasts of Terror」「恐怖の野獣」といったところだろうか。じつにありふれたタイトルだ。サントが野生動物と闘う話では、もちろんない。1973年5月にメキシコで公開。

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このとおり、ひさしぶりにライヴァルで盟友でもあったブルー・デモンとの共演。

1970年に3本連続でコンビを組んで以来の「夢の競演」 前回は謎の大物プロモーター、ジーザス・ソトマヨールのブッキングだったが、今回はまた唐突なタッグ結成。どうした、何があったんだ?

マイアミをほとんどの舞台にした豪華海外ロケなのだが、その映画は冒頭から唐突の連続だ。

いきなり、やくざ者の手で叩きのめされている若者。どうやら借金のせいらしい。そこへ唐突に若者の恋人が拳銃をかまえて乱入し、彼氏を救い出す。借金を返すためにか、2人は唐突に営利誘拐を企て、フツーに歩いている娘を唐突に車に拉致。足がつくのを恐れてか、行きずりのドライバーを唐突に射殺して車を奪う。ところが逃亡途中に唐突に謎の科学者が率いる一団と遭遇し、人質もろともに囚われてしまう。誘拐された娘を探す両親(らしい)は唐突に私立探偵に依頼すると、探偵は唐突に、知り合いらしいブルー・デモンとサントに協力を依頼。彼らは唐突に科学者の研究所を突き止めて娘を救出する。

ストーリーがいい加減というか自由奔放なのはサント映画の特徴ではあるのだが、ここまでのシロモノはこれまでのサント映画にもちょっとない。

映画スタート時点でストーリーの中心になりそうなのは、借金で首の回らない男と、その恋人らしき女。場当たりに犯罪を重ねそうなこの2人、まあ間違いなく、1967年の映画「俺たちに明日はない」のボニー&クライドからのいただきだろう。あの映画のヒット以来、そうしたパクリ映画は世界中で数多く作られていたから、その点でもオリジナリティはないよな。

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男がパブロ(アントニオ・デ・ハド)、女がノラ(エルザ・カルデナス) どっちかといえば女性上位、容赦なく他人を射殺したりするノラのほうが男を引っ張っていくあたりも「よくあるパターン」 演じるエルザ嬢は、すでにサント映画への出演を重ねているからおなじみだ(彼女についてはこちらを参照

ところがこのノラ&パブロ、犯罪行脚をくりひろげる暇もなく、マッド・ドクターに捕らえられ、以後はとくに見せ場もなく、とくにパブロくんはずっと檻の中で、最後は哀れな最期を遂げる。映画の主役にはなりそこなったな。彼らが「恐怖の野獣」ではなかったようだ。

ということで、映画が始まって30分も経たないうちに、悪の主役交代。ちょっと行き当たりばったり過ぎんか。

で、ここに登場するマッド・ドクターも、けっこうな謎だ。いや、いかにも人の良さそうなデブだからってことではなく。

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演じるのはビクトル・フンコ(Víctor Junco) 

マッド・ドクターたるもの、なにやら怪しげな実験計画を持っていてしかるべきなのだが、この謎の男(映画ではプロフェッサーと呼ばれている)何の研究をしているのか、さっぱりわからない。

最初のほうで若い女性の死体を盗んできて、なにやら実験する。雰囲気的には死者を蘇生させようとする実験みたいだが、その後にゾンビが現われたりはしないので、どうやら失敗したようだ。せっかく捕らえた人質たちも、何に使おうとしているのか、よくわからないまま自分の施設内に幽閉しているだけ。

考えてみれば、なぜこの怪人が、サントたちに追求されて、最後は倒されなければならなかったのか、よくわからない。

と、敵側が冴えないせいもあるが、今作のサントとブルー・デモンのコンビも、いまひとつ精彩を欠いている。そもそも、メキシコのスーパースターである2人が、アメリカの私立探偵ふぜいの下請けみたいな仕事をしているせいもあるだろう。

ちなみにだが、2人を雇って捜査させ、自分はラストの銃撃戦にからむまでほとんど働かない私立探偵くん(演じるのはセザール・デル・カンポ)、その名をトニーというのだが、まさかマイアミの遊び人探偵トニー・ロームのことではあるまいな【こちら参照】

という具合で、総じて不出来な作品になっているのは残念だ。せっかく2大スターを揃えたのに……

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じつをいうと、映画の作りそのものも杜撰で、およそサント映画、いやメキシコ伝統のプロレスラーを主役にしたルチャ映画の根本の問題点を、まともに曝け出してしまっている。

ラスト、マッド・ドクターの秘密施設での大アクションも、そのほとんどは銃撃戦。それがなぜか、サントとブルー・デモンの周囲になるといきなり肉弾戦オンリーに変化するのだ。ご都合主義? いやまぁ、これがルチャ映画テイストなんだが。肉弾戦そのものが迫力不足で、この欠点を隠しきれていないのだ。マイナス50点(笑)

さて、上掲したポスターをご覧いただければわかるように、そこにはサントとブルー・デモン以外にもう一人の覆面レスラーがフューチャーされている。向かっていちばん右側の黒覆面。ポスターにはきちんと名前も載っている「El Enmascarado Negro」 サントの「白銀の仮面(El Enmascarado de Plata)」に対抗して「漆黒の仮面」といったところなのか。これだけ見ると、トリオものかと思うだろ。

ところがこの黒覆面、映画にはさっぱり登場しないのである。いわゆる登場人物ではないのだ。

途中、例によってサントとブルー・デモンの試合が登場するが、その相手レスラーに黒覆面のレスラーがいるので、たぶんそいつを指しているのだと思う。だが、ポスターにこれだけ目立たされているのに、映画のクレジットにはその名もない

いったい何のメリットを感じてこんな誇大広告ポスターを作ったのか。

じつはEl Enmascarado Negroというレスラーは存在する。ラトビア出身でアルゼンチンに移住し、のちにメキシコに拠点を移して1960年代まで活躍したレスラーで、ルード(悪役)としてサントとも対戦している。本名はウルフ・ルビンスキーで、素顔でリングに上がっていた時期もあるらしい。

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1960年代半ばにはリングを去っているが、レスラー生活の晩年から映画にも進出し、サントと同様に主演映画もある。ニュートロンというスーパーヒーローもののシリーズはヒットし、5本の作品が作られているようだ。サントと同ジャンルのエストレージャだったということか。

ただこの映画が作られた1970年代にはもはやEl Enmascarado Negroは名乗っておらず、たぶん別人だろうと思う。だとすると、映画の客寄せのために勝手につけくわえられただけなのか。パクリじゃん。

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ルビンスキーの主演作「Neutrón, el enmascarado negro」1960年

俳優としてはサントよりもある意味まっとうにキャリアを積んでおり、レスラー引退後も1990年代まで出演作品がある(1999年没) これまたちょっと興味深い人物なので、いずれまた……ルチャ映画は、底なし沼だな(笑)

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