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#60. ブレーキ、ステッキ、ストライキ?


以前ベルギー人の友だちが Instagram のストーリーに、「コーヒーブレーキ」という日本語を添えてカフェでの写真をアップしていたことがある。

言うまでもなく、これは「コーヒーブレーク」のことなのだが、なぜ間違えたのか考えてみると、日本語でいう「ブレーク」「ブレーキ」は、英語だとそれぞれ breakbrake で、(つづりこそ違うが)発音は同じだからではないかと思った。

どうして英語では同じ発音の 2 つの単語に違うカタカナが充てられているのかは、正直なところよくわからない。

しかし、こういうケースは日本語の中に意外とよくあり、知らないままだと英語で話しているときにふとつまづいてしまうことがあるので、今日はそういう「英語では同じ単語(で同じ発音)なのに、カタカナ表記が違う日本語」をいくつか紹介しようと思う。

1. 「アイロン」と「アイアン」

日本語では読みが分かれる、服のしわを伸ばす「アイロン」と、鉄の「アイアン」だが、英語ではどちらも iron で表す。

アイロンは、温められた iron(鉄)を服に当てることからそう呼ばれるようになったのだろう。

発音は以下の通り:

さて、どちらのカタカナが英語の発音により近いだろうか。

日本語では、「アイロン」が平板なイントネーションなのに対して、「アイアン」は「アイ(↑)アン(↓)」という音の高低がある分、おそらく日本人以外には「アイアン」で言った方が通じやすい。


2. 「セカンド」と「セコンド」

二番目や二塁(手)を意味する「セカンド」と、ボクシングの試合でコーナーから選手に指示を出す「セコンド」。これらも、英語では同じく second である。

セコンドはつまり、選手を主役としたところの second(二番手)といった認識なのだろう。

英語の発音は、どちらかと言えば「セカンド」の方が近いだろうが、あえてカタカナにするなら「セクン(ド)」くらいで発音するのがいいだろう。

余談だが、英語では、アクセントのつかない母音はローマ字読みをするのではなく、小さい「ゥ」くらいで発音するか、なんなら無視してしまった方が、実際の発音には近くなる。

たとえば season の o をローマ字読みして「シーゾン」と読む人はいない。これを「シーズン」と発音するのと同じ要領で、second も「セクン(ド)」のように発音すると、グッと英語らしい発音に近づく。


3. 「ラベル」と「レーベル」

なにかに貼りつける「ラベル」と、音楽の制作・販売に携わる「レーベル」。これらもやはり、英語では label の一語である。

CD の前身であるレコードには、中央にその曲についての情報を示した丸いラベルが貼り付けてあった。そのラベルとレコード盤とのつながりの深さから、次第にレコードに関わる会社そのものが label(レーベル)と呼ばれるようになっていった。

発音はこちら:

これは明らかに、「レーベル」の方が近い。(欲を言えば「レイボー」のように発音したいところだが)

日本語の「ラベル」はあまりに発音が違っているので、もしかすると、英語以外の言語を経由して日本語に入ってきた可能性がある。要調査。


4. 「マシーン」と「ミシン」

機械を指す「マシーン」と裁縫に使う「ミシン」。どちらも英語の machine から来ている。

ミシンは英語で sewing machine という。日本語になる過程のどこかで sewing の部分は切り落とされてしまったらしい。

どちらのカタカナがより近いかは、甲乙つけがたいところだが、英語では真ん中の i にアクセントがつき、ここがより強く、長く発音されるので、この差で「マシーン」に軍配が上がる。

まさか「ミシン」と「マシーン」が同じ英単語から来ているとは、いままで気がつかなかった人も多いのではないだろうか。

たしかにミシンもマシーンだけども。


5. 「スティック」と「ステッキ」

棒状のものを表す「スティック」と、歩行を助ける「ステッキ」。これらもすでにお察しの通り、英語の stick から来ている。

発音も見てみよう:

これもどちらとも言えない感じだが、おそらくこの「スティック」と「ステッキ」に限っては、どちらのカタカナ読みをしても、日本人以外にはそれなりに伝わる

比較的、外国人に優しいカタカナ語だと言える。


6. 「ストライク」と「ストライキ」

最後に、野球の「ストライク」と、労働者の起こす「ストライキ」。英語ではどちらも、ひとえに strike である。

野球の方の語源は不明。ストライキの方も諸説あるようだが、道具を使ってなにかを strike する(=突く)イメージからか、あるいは、かつての船乗りが海に出ることを拒否するために帆を strike した(=降ろした)という慣習からだと考えられている。

発音は次の通り:

音の近さはこれまたどっちもどっちだが、この「ストライク」と「ストライキ」に関しては、先ほどの例とは全く逆で、おそらくどちらで発音しようがあまり通じない

英語の strike が 1 音節でかなり短く発音されるのに対し、日本語の「ストライク/ストライキ」は 5 音節にもなってしまうので、音の長さが圧倒的に違う。

McDonald's を「マクドナルド」と言ってもさっぱり通じないのと同じで、この strike もカタカナ読みだとかなり厳しい戦いになるだろう。

以上、「英語では同じ単語(で同じ発音)なのに、カタカナ表記が違う日本語」を 6 つ紹介してみた。

ブレーキ、ステッキ、ストライキ ...... どうやら日本のカタカナ語には、英語の子音の /k/ という音を「キ」で書く傾向があるようだ。考えてみると、他にも「ケーキ」(cake) や「ステーキ」(steak) などの例がある。

かつてカタカナを振る役割にあった日本人が、同じ英単語を聞いて、「おれには『スティック』と聞こえた」、「いやおれには『ステッキ』に聞こえたぞ」などと小競り合いをしていたのかは定かではないが、

最終的にどちらの意見も、同じ単語の違う用法を示す日本語として生き残ったのは面白いことだ。

このあたりもきっと、専門書等を紐解いていけばもっといろいろ発見があって楽しいのかもしれないが、それはひとまず日本語学が専門の方に任せるとして、今日はここらでペンを置く。

コーヒー豆の芳ばしい香りが、ふんわり部屋に漂ってきた。

そろそろ、コーヒーブレーキの時間である。


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