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物語詩「親の子供」

退屈な神様は悪戯で
五歳の魂を大人の体に
三十路の魂を子供の体に
入れ替え 封じて 放り出した

三十路の頭をよぎる責任
任された仕事はやりかけのまま
家族友人はどうしてる?
自分が体を奪ってしまった
この小さな子の魂は?

揺れる心で見上げた親は
少し老けた自分の顔
だけど仕草は幼くて
この体がちょうど似合うくらい

何とか元に戻らなければと
考えたところで何もできない
ボタンも留められない短い指
すぐに転ぶ不安定な体
食事も風呂も排泄も洗濯も
一人では何一つ満足にできない
誰かに話を聞こうにも
本やネットで情報を得るにも
親の検閲で制限される
説得は面倒臭そうに流され
懇願はうるさいとね付けられる
やがて訪れたのは諦め
無力な子供に甘んじる

親は子供みたいに天真爛漫
子供みたいに暴虐だった
思い通りにならないことが
一つも許せず不機嫌だった
幼児の魂が大人の体で
起こす癇癪は災害だった

幼児の手の中の昆虫
大事に水槽で飼われるか
脚を順番にがれるか
その子の心のお天気次第

天災に殺されないためには
怒れる神を祀って鎮める
古代から繰り返されてきたこと
神に捧げる舞と生贄

唇が不機嫌に歪むのを
素早く察知してあやしに行った
楽しく遊んでいる時は
水を差さないよう微笑んだ
いらないものをもらっても
全身で喜びを演じて見せた
怒りの嵐がやってきたら
ただひたすらに謝った

大好きと言えば嵐が遠のくから
親のことが大好きになった
親の嫉妬を浴びないように
そこそこの不幸と苦労を望んだ
親が自慢できるような
目に見える成果を必死に掴んだ

愛し
寄り添い
慈しんだ
我が子のように

ただ凪が続くように
生かしておいてもらえるように
演じ続けていた役が
魂に染み渡り
白くもろく風化させた
ステップを踏むたび
こぼれ落ちる心

やっと親許を離れ
残されていたのは
捧げ尽くしたしぼりかす

何を食べたいのか忘れてしまった
どこに行きたいのか忘れてしまった
何になりたいのか忘れてしまった
生きることを忘れてしまった

だから
全部やめた
全部すべて投げ出して
暗い狭い部屋でひとり
光も音も匂いも温もりも
おかすもの全部拒絶した
頭の中に溜まったヘドロを
吐いて吐いて空っぽになるまで

生ぬるい空気すら吐けなくなった
空虚の静寂
凪いだ水底から湧き上がる
一粒の言葉

あなたのことが嫌いです

水面に広がる波紋
魂が息を吹き返した証

嫌いを取り戻せたのなら
いつか好きも取り戻せるだろう


▼対になる詩があります。できれば併せて読んでください。

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