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物語詩「弱い鹿と強い猫」

気弱な猫と凛々りりしい鹿は
寄り添いあって生きていた

鹿は樹の形の角を振って
猫を猛禽もうきんから守ってやり
猫は体中毛繕けづくろいをして
鹿を虫から守っていた

にこにこ暮らしていただけなのだけれど
過激派の山猫に目を付けられ
二匹一緒に捕まった

偶蹄ぐうていと交わるなど許されないと
猫はあちこち噛みつかれ
血だらけのまま犯された

やぶの向こうの鹿の悲鳴が
傷口よりもずっと痛くて

鹿だけでも逃がせるのならば
何にでもなれるんだって
確信が降ってきて背中を抱いた

魂のしょく
感情は目をつぶり水底に落ちる
恐れが蒸発し
震えが止まり
肉体は心から自由になる

爪を振るう
躊躇ためらい無く眼球に
牙は喉笛に
動脈からあふれる鉄の味は甘く

怯んだ山猫たちの隙を
猫は軽々と飛んで行く
鹿は黒土に首を反らし
瞳は時を止めた琥珀
怒りのあまり役目を捨てた心臓
整えた毛並みは綺麗なままで

再び包囲された猫は
重ねた罪の罰を受ける

破裂しそうな心臓は
それでも止まることを知らず
腐った臭いのする肉も
空腹の真空に吸い込まれ
意に反し喉を通っていく

小さな脳裏に描いた鹿は
燦然さんぜんと気高く輝いて
猫の目を潰す

君のようにいさぎよくないから
君のように清くないから
君のようにもろくないから

恥にまみれ
悪にまみれ
浅ましく
意地汚く

獣は自ら死を選べないから
壊されるまで這いずり喰らう

猫はもう弱くなかった

死ぬほど強くて弱かった鹿を
蔑み 妬み 愛していた

届かない光への憧れが
猫を殺しながら生かしていた

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