【小説】山彦(仲間が見つかるSNSの話)
流れていくタイムラインの中で、「仲間が見つかるSNS」という広告が目に留まった。
今使っているSNSでは頭の中がお花畑の低脳が大量に生息していて、俺はいい加減飽き飽きしていた。俺と同じような考えを持っている人間とつながれるならと、俺はそのKodamaというアプリを早速ダウンロードしてみた。
ユーザー登録を済ませると、早速投稿の入力画面に移った。今思っていることを書いてみようと説明書きにあったので、とりあえず「何の苦労もせずにヘラヘラしてるやつ見ると腹立つ」と打ち込んで投稿した。
すると次の画面では他のユーザーの投稿がずらりと表示された。どれも先程の俺の投稿と似たような内容だ。
どうやらこのアプリでは、ユーザーのフォローやブックマークといった機能はないらしい。他のユーザーに対してできるのは、投稿に「わかる」ボタンを押すことのみ。物足りなくはあるが、こういうのも煩わしくなくて良いかもしれない。タイムラインをスクロールして、共感した投稿に片っ端から「わかる」を押していった。
しばらく動画を見た後で、再びKodamaを起動してみると、俺の投稿が「わかる」されたという通知が何件か来ていた。表示されたユーザー名の中には、俺が「わかる」した投稿に表示されていたものも含まれていた。
タイムラインは更新されていて、最初よりも俺の考えに近いものが増えている気がした。俺に合う投稿が自動でピックアップされる仕組みのようだ。「わかる」を百回押しても足りないような投稿がいくつも見つかり、久しぶりにテンションが上がった。こういう「わかってる」奴らと出会いたかったのだ。
投稿と「わかる」を続けていると、タイムラインに表示されるユーザーがある程度固定されてきた。中でも俺が気に入ったのは、「山彦」という奴。山彦は他人とは思えないくらい俺と同じことを考えていて、俺は山彦がタイムラインに登場するたびに「わかる」を押した。そのうち山彦も俺の投稿に「わかる」を押すようになった。
「わかる」だけの薄いつながりではあったが、俺と山彦の間には仲間意識が芽生えていた。
「家族連れが電車を占領しててうるさいし邪魔」と投稿した翌日、Kodamaにまた山彦の投稿があった。
——不当に優遇されて我が物顔してる奴らには、誰かがわからせてやらなきゃならない。
俺は震える指で「わかる」を押した。わからせる、という言葉が頭の中で反響していた。
タイムラインには豊かにぬくぬくと暮らしている奴らに対する怒りが渦巻くようになった。
そうした投稿に俺は勇気づけられた。そうだ、俺たちは迫害されている。この怒りは正当なものだ。迫害者には鉄槌を下さなければならない。
誰かが正義を執行するのを待つような、そんな卑怯な臆病者には俺はなりたくない。
その決意を俺はKodamaに投稿した。
今から爆弾作るわ。完成したら近くの高級マンションに設置しに行く。
そんな文字列が目に入って、作業通話相手のハチに画面共有で見せてやった。
「おいおい、さすがにやばいんじゃねぇの? 警察沙汰になったらアプリの開発側も目ぇ付けられんぞ」
本気で焦っているようなハチの声色に、思わず笑みが漏れる。
「私は何も悪くないだろう。アプリが教唆したわけじゃない、こいつが勝手に言い出したことだ」
「でもそいつが尖った思想を持つような環境を整えたのはお前だろ」
私が開発したKodamaのタイムラインに表示されるのは、ユーザーが投稿した内容に合わせてAIが自動生成した投稿のみ。AIはユーザーの投稿や「わかる」を学習し、よりユーザーの考えと近い、心地良いタイムラインを生み出していく。
一人ひとりのユーザーは、本当は誰ともつながっていない。曇った鏡に囲まれた空間で、反射した自分自身の姿を仲間と勘違いし、孤独に気づかないまま一人遊びをしている。
「一人ひとりを温かいカプセルに入れて、自分の声のこだまを聞かせ続ける。狂気の純粋培養さ。面白いだろう?」
マイクの向こうでハチが溜息を吐く。
「やっぱお前の性癖にはついていけねぇわ」
私は「心外だ」と笑う。
Kodamaユーザーはこの爆弾魔のように過激な思想に走る奴ばかりではない。健全な投稿をし、架空の承認によって安心感と自信を得て、音楽や絵の世界で羽ばたいていった人間もいる。
私は安全で居心地の良いカプセルを用意しただけ。カプセルに乗り込んだのは彼ら自身。持ち込んだ狂気を育てるのも彼ら自身。
それを愛でる私のどこに罪があるだろう。
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