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一周年

 そうこうしているうちに夫のいる家を出てから一年が経ってしまった。

 疲れ果ててよぼよぼの状態で実家に辿り着いたのは去年の一月。

 しばらく仕事を休み、本当に夫に寄り添わなければいけないんだろうかと考えた。

 やり直す気があるならカウンセリングに通うなどして、苛立ちを物にぶつけてしまうことの再発防止をしてほしいと伝えたのが四月。答えは今もまだ返ってきていない。

 毎日のようにポエムを書きまくって気持ちを整理し、それでも抱えきれなくなってオンラインのテキスト形式のカウンセリングを受けてみたのが十一月。もう頑張らなくていいやと肩の荷が下りた。

 夫から連絡が来るかもしれないと憂鬱だったクリスマス~年末年始をやり過ごして今に至る。

 夫がどういうつもりでいるのかわからない。どうしたいの?と優しく聞き出す気力も尽きた。

 意見が対立したとき、拗ねた子供のように「はぁい」と一旦引き下がり、ほとぼりを冷ましてから何事も無かったように自分の意見を前提に進める。夫がよく使っていた手段だ。今回もそうかもしれない。充分に時間が経てば、全部無かったことにできると思っているのかもしれない。そもそも私が伝えたことなどもう忘れているのかもしれない。

 別れてもいいなと思っているが、こちらから切り出すのは少し怖い。あちらがどういう精神状態でいるのかわからないし、自暴自棄になったら何をするかわからない。向こうは向こうで一人暮らしに楽しみを見出してくれるか、新しい恋人を作るかして、あちらから別れたいと言い出してくれたら安心なのだけれど。

 別れたとしても一応食うには困らないくらいの収入はある。中型犬がいるので住める場所は限られるが、犬が生きているうちはどうにか実家に住まわせてもらうことができれば何とかなる。一人になった後のことはまだあまり考えられない。親の介護とか。そもそも親と上手く付き合っていけるのかとか。

 夫から離れた判断は間違っていなかったと思っている。一番良かったのは、犬がのびのびしていることだ。元々すごく怖がりだが、怖いことをする人が今はいないので、日に日に大胆になっている。自分の基地から出てきて実家の犬の食べ残しを探したり、誰かが食事をするたびにおねだりしに来たり。食いしん坊が開花して四六時中おやつを期待している。可愛いが、食べ過ぎは体に悪いので我慢だ。

 犬がいることで住まいや生活に制限はあるし、暑くても寒くても嵐でも散歩に行くのは大変だが、犬がいなければきっと夫と離れる決断はできなかった。この子を守らなければという気持ちが無ければ踏み出せなかった。犬は私のアイドルだし、養わせていただく喜びのために体調を崩さないように気を付けようと思うし、仕事もほどほどに頑張れる。

 一方で、別居中に一番辛かったことも犬に関係している。それは母に「なんで保護犬なんかにしたの? もっと懐っこい子にすれば良かったのに」と言われたことだ。

 母に悪気は無かった。夫は犬を抱き締めたりしたかったが、犬のほうは拘束されて動けなくなるのが怖くて、犬に懐かれない夫は拗ねたり怒ったりしていた。それを聞いた母は、「じゃあ別の子にすれば良かったね」と思ったままを口にした。「なんで保護犬にしたの?」と事あるごとにしつこく訊かれた。それは今いるこの子を迎えたことが間違いだったと、私の大事なこの子がここにいることが間違いなのだと言われるのと同じことだった。正直めちゃくちゃきつかったし、泣きすぎて目の周りに点々と内出血ができてビビった。

 例えばこれが犬ではなく人間の子供の話だったとして、「そんな子じゃなかったら良かったのにね。なんで産んだの?」と母は言っただろうか。言うかもしれないし、言わないかもしれない。酷い言葉だとさすがにわかるだろうから。世間体を気にして口にしないだけで、心の中で思いはするだろうが。

 この件については「傷付くから言わないでほしい」とLINEで母に伝えることで解決した。しかし母は傷付けている自覚無く言っていたのだから、これからもこういうことはあるだろう。

 戦えるようになりたい。せめて自分だけは全面的に自分自身の味方になって、抵抗する力を持ちたい。自分まで親に同調して自分自身を責めることのないようにしてやりたい。

 強くなりたい。

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