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羽衣国際大学事件に関するコメント

判例コメント


数年先に学生募集を停止するといったような専ら大学経営上の計画に基づき期間を定める教育研究は「任期法」の適用外である――大阪高判2023年1月18日(羽衣学園事件)

〈事案の経過と概要〉


 原告・控訴人は、有期労働契約を締結して被告大学の専任教員を務めていた。原告は継続して5年を経た後、被告に対し労働契約法18条1項に基づく無期転換申込をした。ところが被告は、「労働契約法188条1項の特例である大学教員任期法7条1項が適用される結果、無期転換権の発生までの通算契約期間は10年を超えることを要することとなるから、控訴人Illには末だ無期転換権が発生していない」として、これを拒否した。さらに被告は、「労働契約法19条の要件は充足されていない」とした。
 原審は原告の請求を棄却した。
 これに対して原告が控訴したのが、本件事案である。

〈判示事項〉
〔任期法4条1項1号該当性〕


 (介護福祉士の養成課程を維持するため、それに必要な経歴及び資格等を有する人材としての本件講師職の募集の目的は)「本件講師職の募集経緯や職務内容に照らすと、実社会における経験を生かした実践的な教育研究等を推進するため、絶えず大学以外から人材を確保する必要があるなどということはできず、また、『研究』という側面は乏しく、多様な人材の確保が特に求められる教育研究の職に該当するということはできない」

〔任期法4条1項3号該当性〕


 「同号にいう、大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて行う教育研究とは、……いわゆるプロジェクト研究、時限研究をいうと解され、被控訴人学園が主張するような、数年先に学生募集を停止するといったような専ら大学経営上の計画に基づき期間を定める教育研究は同号に含まれないと解される」
[「講師であれば任期法が適用される」との被控訴人学園の主張について]
 「もしそうであれば、大学教員任期法は、講師について、助教(大学教員任期法4条1項2号)と同じく、譜師であることを要件として規定すれば足りたというべきである。多様な人材の確保が特に求められる教育研究の職であることが具体的事実によって根拠付けられていると客観的に判断し得ることを要すると解さなければ、立法の趣旨を没却する」。

〔講師の研究者性〕


 「被控訴人学園の指摘する事実を考慮しても、本件講師職には研究者としての側面が乏しい」。……「大学教員が執務のために与えられる部屋を『研究室』と称するか否かは、単なる名称の問題にすぎず、当該教員の従事する職務と直接の関係はない。また、 任期制として、人の入れ替えを図ること(流動性を取り入れること)が合理的といえるほどの事情もなく、多様な人材の確保が特に必要と評価し得る面もない」

〈コメント〉
はじめに


 本判決は、有期雇用の教育担当の大学教員についての大学教員任期法(以下「任期法」と略)の適用の可否について判断した事案である。
 この点、東京地判2021年12月16日(専修大学事件)が科技イノベ活性化法の適用の可否につき「学校教育法92条10項及び大学設置基準16条が想定する教育のみを担当する講師については、教育及び研究を行う教授又は准教授に準ずる職務に従事する者とはいえない」とし、任期法との関係では「大学教員は、 研究実績がある者であったり、研究実績を選考過程で考慮された者であったりすることがほとんどであるから、 任期法7条が適用対象を……限定したことは無意味とな」ることから「このような解釈は不合理である」とするにとどまった。
 これに対し本判決は、大学の有期雇用教員について、それがいわゆる「専任」であれ非常勤であれ、任期法の適用関係について判断した初めての事例である。
 以下、第1に、任期法4条1項1号でいう「先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき」への該当性、第2に「大学が定めまたは参画する特定の計画に基づき期間を定めて行う教育」というものの範囲、そして第3に、「介護福祉士の養成課程」を担当する「有期雇用の専任教員」対してなされた本件判決の「射程」について検討する。

(1)任期法4条1項1号該当性


 「先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき」――任期法4条1項1号がいう、「10年特例」の要件の1つである。
 この点東海圏組合は、過去において愛知淑徳大、朝日大、京都外国語大、愛知教育大といった各大学において、任期法に基づく「10年特例」の適用を撤廃させる就業規則改正を実現している。そしてこの「……教育研究組織の職」への就任が、愛知淑徳大がこだわり続けた「10年特例の適用」の最大根拠でもあった。
 「国際交流センターは教育研究組織である。したがってそこに所属する教員は全員に対して教員任期法が適用される。したがって無期転換は10 年となる」――それが愛知淑徳大学の法人側の主張であった。
 この点本判決は、(介護福祉士の養成課程に関する授業科目が)「実社会における経験を生かした実践的な教育研究等を推進するため、絶えず大学以外から人材を確保する必要があるなどということはできず、また、『研究』という側面は乏しく、多様な人材の確保が特に求められる教育研究の職に該当するということはできない」とした。
 この点、本判決は、われわれが主張したように「労働契約法18 条でいう無期転換権という一般法が、大学教員任期法という特別法によって、どのような事情にもとづいて、どの範囲でどの程度修正されるか」という観点から判断されたものであり、したがって、そこでは研究担当者にのみその制限が及ぶのであって、逆にいえば通常の教育担当者には適用されてはならない、とした判断であるといえる。この点本判決は、「大学教員任期法4条1項各号は、(労働契約法18条1項の……筆者註)例外を認める要件を定めていることになる」とした。

(2)「特定の計画に基づき期間を定めて行う教育」


 本判決は任期法4条1項3号でいう「大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき」につき、「いわゆるプロジェクト研究、時限研究をいうと解され、被控訴人学園が主張するような、数年先に学生募集を停止するといったような専ら大学経営上の計画に基づき期間を定める教育研究は同号に含まれない」と判断した。
 この点、たとえば東海圏組合で問題になっている語学、あるいは留学生対象の日本語など、よほどのことがない限りとうてい消滅するとは思われないような授業科目についての言い逃れはできなくなったと解される。
 しかしながら、授業によっては、将来的にある授業科目を5年単位で新しい(?)概念のもとにリニューアルすることで、「特定の計画に基づき期間を定めて教育」を行うなどという例が出てくる可能性をもつかもしれない。

(3)本判決の「射程」


 上記のように、本判決の趣旨は、大学の有期雇用教員に任期法は適用されないとするものであった。
 この場合、その射程がどこまで何かが問われる。
 前期のように本判決は、介護福祉士の養成課程に関する授業科目につき、「被告大学において介護福祉士の養成課程を維持するため、それに必要な経歴及び資格等を有する人材を募集すること」、および「本件講師職への応募資格としての実務経験は、かかる養成課程の担当教員につき厚生労働省が指定しているために求められており、人材交流の促進や実践的な教育研究のために実務経験を有する人材が求められていたものではない」こと、「本件講師職に就く者を定期的に入れ替えて、新しい実務知識を導入することを必要とする等、本件講師職を任期制とすることが職の性質上、合理的といえるほどの具体的事情は認められない」こと、さらに「(控訴人が担当していた授業の大半は)介護福祉士としての基本的な知識や技術を教授し、実際の福祉施設における介護実習に向けた指導を行い、また、国家試験の受験対策をさせるものであった」ことから、「実社会における経験を生かした実践的な教育研究等を推進するため、絶えず大学以外から人材を確保する必要があるなどということはできず、また、『研究』という側面は乏しく、多様な人材の確保が特に求められる教育研究の職に該当するということはできない」とした。
 抽象化すると、少なくとも①介護福祉士の養成課程における授業科目が「人材交流の促進や実践的な教育研究のために実務経験を有する人材」を求めていたものではないこと、②講師を定期的に入れ替えることに任期制を導入するほどの「合理的といえるほどの具体的事情」がないこと、③国家試験の受験対策の担当者に、「実社会における経験を生かした実践的な教育研究等を推進するため、絶えず大学以外から人材を確保する必要があるなどということはでき」ないとしたのである。
 今後は、この解釈をめぐる労使の対立が予想される。

おわりに


 任期法に関する初めての判決である本件大阪高判2023年1月18日と、先に出された専修大学事件東京地裁・高裁判決により、もっぱら授業を担当する有期雇用教員に対する任期法およびイノベ法の適用は、いずれも違法とされた。こうして無期転換をめぐる裁判例が蓄積されていくなかで、残るのは、いよいよ〈無期転換後の「契約の消滅」〉なるものがありうるかどうかである。
 この点、東海圏組合のとりくみにかかっている。

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