森田 洋之
『日本の医療にかけているもの』をトマ・ピケティ氏の痛烈な経済学批判とノーベル賞に最も近かった経済学者・宇沢弘文の人生から考える。
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『日本の医療にかけているもの』をトマ・ピケティ氏の痛烈な経済学批判とノーベル賞に最も近かった経済学者・宇沢弘文の人生から考える。

森田 洋之





こんにちは森田です。

先日のこちらの記事…


で少し触れました、

「総合診療・家庭医の少なさ問題」

ですが、各所から「なんでそんなことになってるんだ!」とお叱りのような、励ましのような様々な反響をいただきました。

記事に書きましたように、


「イギリス・フランスなどヨーロッパ先進各国では新人医師の約半数が『家庭医・総合医』の道を選ぶのに、昨年の日本の総合診療医の専攻医は、全体のたったの2.0%」

出展:
◯社会保障審議会医療部会資料https://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/06/dl/s0621-6c_0006.pdf
◯m3.comニュース・ 医療維新/新専門医制度、1次登録採用数の結果を分析◆Vol.1(ログインが必要です)
https://www.m3.com/news/iryoishin/578074


なんですよね。


もちろん、日本でもプライマリ・ケア連合学会が頑張っていますし、家庭医療・総合診療の世界でも若手の育成には力を入れているのですが、、、まあ、残念ながら現実としてヨーロッパの状況とはかなり差があるようです。

この問題を、若手の総合診療医・横田先生が分析してくれています。



曰く、

『2018年度よりスタートした総合診療専門研修プログラムは、現時点では専攻を決断するにはハードルが高過ぎる。それは、総合診療専門医が新しい資格であるがゆえに先輩やロールモデルが少なくパイオニアとして道を切り開くことが求められてしまうこと、また、総合診療という『幅の広さ』ゆえのわかりにくさ、さらに新しさゆえに研修の質が保証されていない、などが理由ではないか』


というところでした。まさにそのとおりだと思います。

だって、内科・外科・小児科などの他の専門医ならしっかりした先輩たちやロールモデルもたくさんいるし、総合診療のような曖昧さ=『BPS(生物・心理・社会)モデル』=『全人的に診る』、、みたいなチョット文系的な部分、、そんなことはあえてスルーして、純粋な医学的知識と技術の道一本で行けるでしょうから…(少なくとも試験レベルにおいては)。


で、表題の『ノーベル賞に最も近かった経済学者・宇沢弘文の人生』との関連なのですが…


先日こんな本を読んだんですね。



ノーベル経済学賞に最も近いと世界中で囁かれながら、惜しくも2014年に亡くなられた宇沢弘文先生の生涯を、無数の資料とご本人の言葉から紡ぎ出した大作です。


ノーベル賞に最も近かったなんて大げさな!


と思われるかもしれませんが、それはけっして大げさな話ではなく、宇沢先生の直属の師である、ロバート・ソロー、ケネス・アロー、更に宇沢先生がシカゴ大学教授だった時に教えを受けたジョージ・アカロフ、ジョセフ・スティグリッツ、彼らはみなノーベル経済学賞を受賞しているのです。

宇沢先生の学問上の直系であるこの4人以外にも、親交の深かったポール・サミュエルソン、ジェームス・トービン、セオドア・シュルツ、ロバート・マンデル、さらに学問上対立していたミルトン・フリードマンや当初宇沢先生の教室の学生だったのに後年学問上対立したロバート・ルーカスなど、、彼らが全員ノーベル経済学賞の受賞者。宇沢先生の学問の歴史をなぞる旅は、さながら「ノーベル経済学賞の歴史をたどる旅」のようなものなのです。

もちろん宇沢先生自身も、世界計量経済学会の会長に就任されるほど世界の経済学界の中で確固たる地位を築かれた人物でした。


ではなぜそんな宇沢先生がノーベル経済学賞を取れなかったのか?


それは先生のこの言葉に象徴されているような気がします。


「日本に帰ってきてから、特に水俣とか公害とか環境破壊の現場を何年間も歩いていた。経済学に限界を感じて、ものすごく頭にきている時でね。かなり突き詰めて、新古典派経済学とは何かと。僕はそれまでほとんどの経済学の論文は読んでいたし、個人的にもサミュエルソンやフリードマンともさかんに議論していた。そうしたものをもとに、ぼくなりに新古典派経済学の原型を考え、それを批判した。かなりディープな批判をして…一時完全に経済学と別れた時期が、10年くらいあるんですよね。もうほとんど大学では教えないで、全国を周り歩いて、僕自身、それまで求めてやってきたことと現実とのギャップ(森田注:経済成長を軸に展開される近代経済学・数理経済学の世界と、経済成長の裏で起こっていた日本での公害・環境問題との世界のギャップ)があまりにも大きかった。現実の問題をどうやって僕自身がとらえるのか。そういう苦しい時代だったんですよ。」(資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界より)


つまり、GDPという数値で計算できる経済成長モデルの中で、高度な数学を使って通貨供給量や利子率・失業率や物価水準などの変数をいくら組み立ててみても、そもそもそうした経済的な数値で表現されない「公害問題」や「環境問題」さらには「人間の幸福」などの要素がそこに含まれていないのならば、その数式・理論は甚だ空疎である。…と主張して、それまで自分がリードしてきた近代経済学・数理経済学の世界を、逆に徹底的に批判した。

で、結局は、世界の経済学のトップグループから大きく離れてしまった。ということだと思います。


残念な話です・・・でも、いまになってやっと時代が宇沢先生に追いついてきたような気もします。

というのも、世界的超ベストセラーになった「21世紀の資本」の著者である、フランスの経済学者トマ・ピケティ氏が、宇沢先生と同じ論調で痛烈に今の経済学を批判しているんですね。

曰く、


「率直に言わせてもらうと、経済学という学問分野は、まだ数学だの、純粋理論的でしばしば極めてイデオロギー偏向を伴った憶測だのに対するガキっぽい情熱を克服できておらず、そのために歴史研究やほかの社会科学との共同作業が犠牲になっている。経済学者たちはあまりにしばしば、自分たちの内輪でしか興味を持たれないような、どうでもいい数学問題にばかり没頭している。この数学への変質狂ぶりは、科学っぽく見せるにはお手軽な方法だが、それをいいことに、私たちの住む世界が投げかけるはるかに複雑な問題には答えずに済ませているのだ」
(wikipedia「新古典派経済学」よりhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%8F%A4%E5%85%B8%E6%B4%BE%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6)


かなり手厳しいですね(^_^;)。

まさに宇沢先生が言いたかった『数学を駆使して経済成長モデルを追求しても「公害問題」「環境問題」「人間の幸福」など、経済学が追求すべき課題の多くは解決出来ないじゃないか!』という問題意識をそのまま言ってくれているような気がします。


で、翻って我々の医師の世界を考えてみますと…特に冒頭の「総合診療医の少なさ問題」「総合診療という幅の広さゆえのわかりにくさ問題」を鑑みてみますと、実は同じような構造が見えてきます。


例えば「糖尿病」の患者さん。

徐々に血糖値が上昇してきてるので、そろそろ薬を増やそそうかな?体重ととか年齢とか血糖値を参考にして目標値を設定して薬をどれくらい増やすか決めないと。そのために2ヶ月に一回だった受診・採血を、毎月に増やそうかな?(これが生物・医学モデル=Bio)

でも、その血糖上昇の裏には仕事のストレスや家族の心配事が蓄積していることが影響しているのかもしれない、そもそも生活習慣を改善しようという気持ちになれていないのかもしれない(これが心理モデル=Psycho)。

さらに、その背景には、職場がブラック企業であることもあるかもしれない、独身で恋人もなく友人にも恵まれず常に孤独を感じていることもあるかもしれない、老親の介護を毎日夜中までしているのかもしれない。だからこそ体重だってどんどん増えているのかも・・(これが社会モデル=Social)

こうして、見ていくと、心理的・社会的側面の重要性がよくわかります。そこを見ずに生物・医学的問題ばかりを見て…いろんな計算して薬をどれくらい増やすとか…そんな数値目標が、なんと空疎なことか。

薬の増減にもまして大事なのは、

「そんなにきつい勤務体系なんですか……それは大変ですね…。」

などと共感・理解の意を示すとか、

「介護の相談でしたら当院にも窓口がありますからいつでもご相談くださいね」

など具体的な解決策を示すほうが圧倒的に効果がありそうです。(冒頭の横田先生のところで出たBPSモデルがこれですね。)


でも医師という理系の最右翼の僕たちにとって、これは非常に難しい問題のようにも思えます。


かく言う僕でさえ、総合病院で普通に勤務医をしてたときは、


「患者さんの心理・社会的な要素が大事なのはわかるけど、いま僕チョット医学とか病気についての研鑽で忙しいので、、そちらの勉強はまた今度…(^_^;)」


みたいに思ってましたし!

医師って生物・医学モデルを扱ってるほうが楽なんですよね。経済学者にとって数学問題の方がとっつきやすいのに似ているのかもしれません。


ここであえて、自戒を込めて!ピケティさんの言葉をそのままBPSモデルに置き換えてみましょう。


「率直に言わせてもらうと、医学という学問分野は、まだ医学・生物モデル的な、純粋理論的でしばしば極めてイデオロギー偏向を伴った憶測だのに対するガキっぽい情熱を克服できておらず、そのために患者の心理的側面や社会的問題へのアプローチが犠牲になっている。医者たちはあまりにしばしば、自分たちの内輪でしか興味を持たれないような、どうでもいい生物・医学問題にばかり没頭している。この医学・生物モデルへの変質狂ぶりは、科学っぽく見せるにはお手軽な方法だが、それをいいことに、私たちの住む世界が投げかけるはるかに複雑な問題には答えずに済ませているのだ」


ま、医師の場合、あくまでも「生物・医学モデル」が重要であることは間違いないので、ここまできつく言うことはないと思いますけど(^_^;)


でも!だからといって心理・社会モデルを軽視していいわけではありません。


「患者さんの病気を治す・少しでもいい状態に持っていく」


という本来の目的を第一に考えるのであれば、


・生物 医学モデル(Bio)
・心理モデル(Psycho)
・社会モデル(Social)

 =BPSモデル


この3つをバランスよく総合的に診ることが絶対的に求められるはずですから。


ちなみに、ヨーロッパの家庭医になるための専門医試験(模擬患者さんを相手にした実際の診療を採点する試験)の中には、

100点満点中の50点はコミュニケーションスキルへの配点で、

あとの50点が正確な医学生物的な診断・治療という、試験もあるらしいです。それだけ、心理・社会モデルの重要性が認識されているのでしょう。


この点については、医師側の問題だけではなく、日本では国民全体が医療に医学生物学的診断・治療を求める傾向にありますので、そのへんまで含めて変わっていかないと、この問題は真の解決には至らないのだと思いますが。


ま、結局いいたかったのはこういうこと(前回も書きましたが)


日本中でこうした心理・社会的問題への対処まで含めたBPSモデルの医療が広がっていけば、

 「高齢化率が上がるに従って医療の需要が減る」

 ということだって起こりうることかもしれません。
だって、人間の死亡率は100%、高齢になればなるほど

 「生物・医学モデルで解決できないこと」

 の方が多くなってくるのですから。

 そこでしっかり心理・社会状況を踏まえて膝を突き合わせて、みんなで一緒に悩む、思いを傾聴し共感しながら一緒に悩む。BPSの3つのバランスの取れた医療が展開できれば、意外に高度医療とか病院医療のニーズよりも在宅医療や介護のニーズの方が高い、ということに気づく、そして日本の医療の多くの部分を占める高齢者医療が減っていく、こういう図式だって想定出来るのではないでしょうか。


地域医療とか家庭医療の現場にいると、こういう図式も見えてくるんですよね(実際、夕張市はその手法で医療費減りましたし)


ま・・・こんな僕の考え方、今の世の中ではちょっと突飛かもしれませんが・・(^_^;)

皆さんはどう思われるでしょうか。




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僕の本

財政破綻・病院閉鎖・高齢化率日本一...様々な苦難に遭遇した夕張市民の軌跡の物語、夕張市立診療所の院長時代のエピソード、様々な奇跡的データ、などを一冊の本にしております。まさにこれが地域医療・地域包括ケアシステムのあるべき姿だと思います。
日本の明るい未来を考える上で多くの皆さんに知っておいてほしいことを凝縮しておりますので、是非お読みいただけますと幸いです。



著者:森田洋之のプロフィール↓↓


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森田 洋之

夕張に育ててもらった医師・医療経済ジャーナリスト。元夕張市立診療所院長として財政破綻・病院閉鎖の前後の夕張を研究。医局所属経験無し。医療は貧富の差なく誰にでも公平に提供されるべき「社会的共通資本」である!が信念なので基本的に情報は無償提供します。(サポートは大歓迎!^^)

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