見出し画像

読むは日常、書くは非日常(「授業力&学級経営力」2019年3月号)

以下は「達人教師の本棚」という特集に寄せた一文である。教育雑誌の特集名は大袈裟で、書く側としては「なんという特集名をつけるのだ…」と思うことが多いものだが、これもその類である(笑)。でも、その手の特集名を編集者がつけるのはその方が売れるということなのだろう。教育雑誌を手に取る教師も、年々質が変わってきているのかもしれない。

さて、本文である。

今日は1月8日(火)。明治図書は昨日7日が仕事初め。昨夜新年最初の明治図書売り上げランキングがHP上で発表された。私の「教師の仕事術10の原理・100の原則」が第3位にランキングされている。しかも1位と2位は新年度の手帳である。文章表見によって主張した書籍としては一番上ということだ。この本は去年6月に上梓した本であり、既に刊行から半年以上が経った本なので正直驚いた。まったく有り難いことである。読者の皆さんには感謝しかない。

おそらく私のこの本が再び売れたのは、冬休みになったことが大きい。冬休みになって差し迫った案件がなくなり、少し勉強しようと書店に行ったりネット書店で検索したりする。「働き方改革」喧しい折、私の本が目についた。そういうことなのだと思う。しかし、私は自分の本が売れていることを嬉しいとは感じながらも、こうした冬休みの過ごし方をした方々に対して、実は二つの意味で「それは間違っている」と申し上げたいのである。

一つは、本というものは長期休業のような「ゆっくりできる時」に読むものではない、ということである。差し迫った案件目白押しの子どもたちと格闘しているまさにその時期、つまりは通常勤務をしている折に寸暇を惜しんで読むものだ、そう申し上げたいのである。事実私は、12月26日に冬休みに入って以来、ただ一冊の本も読んでいない。冬休みに入って私がしていたことは、長い2学期の間に書きためていた読書メモを読み直してその間の自分の発想を整理したり、今後上梓する予定の本の原稿を書いたり、3月までのセミナーのプレゼンをつくったり、要するにインプットよりはアウトプットなのである。「ゆっくり取り組める時間」に取り組むべきは、インプットではなくアウトプットなのではないか。私はそう言いたいわけだ。

通常勤務の間は差し迫った問題に文字通り差し迫られている。ゆっくりできるときにはインプットする。それでは、そのインプットを活かしてアウトプットする機会はいつやってくるのか。永久にやって来ない。確かに通常勤務の間にも研究授業の指導案くらいは作るかもしれない。行事計画や学級通信も作るだろう。しかし、私がこの冬休みに取り組んだような、大局的な視座に立ってじっくり何かを表現してみる、創ってみるという活動は長期休業中でないとできない。実は時間に余裕がある状態にあってこそ、質の高いアウトプットは生まれるのである。

読むは日常、書くは非日常。私はこれをモットーに教師生活を続けてきた。皆さんにもこの構えをもつことをお勧めしたい。冬休みに私の仕事術の本などを読んでいてはいけない。そんなものは、子どもたちと格闘している時期の夜、或いは通勤途中に読むべきなのである。私はそう思う。

もう一つは、教育書出版社である明治図書には申し訳ない言い方になるが、教師の読書の中心は「教育書」であるべきではない、ということである。教育書とは言わばビジネス書である。教育技術の本や実践紹介の本はビジネススキル本だし、教師の心構えを書いた本は自己啓発書である。所謂ビジネスマンではなく教師が読むから「教育書」と呼ばれるだけだ。読書の中心がそこにあるとしたら、教師として必要な教養を身につけたり、教育界に大きな影響を与える社会の動静を理解したり、或いは今後数十年の単位で未来を予測したり、そういった教師にとって必要不可欠とも言える視座をいつ身につけられるだろう。物事を深く考えたり、広い視野で捉えたり、長期展望で捉えたり……そうした思考をする機会はいつ訪れるだろう。そう。永久に訪れないのである。こうしたことに目を向けられるのが長期休業中なのではないか。私はそう考えているのだ。

ビジネススキル本はまさにビジネスに取り組んでいるときに読めば良いし、自己啓発書も日常的に自らを鼓舞するサイクルをつくるのに読むべきではないのか。繰り返しになるが、長期休業中に私の仕事術の本などを読んでいてはいけないのである。

さて、本の紹介である。

第一に教育書である。私は教育書をほとんど読まない。理由は述べたとおりだ。それでも普通の人よりは読んだ教育書はかなり多いと思う。その中で五冊選べと言われれば次の五冊である(ただし本誌の性格上、国語教育に関する専門書は敢えて除いた)

①『思考・記号・意味』宇佐美寛(誠心書房)
②『授業づくりの発想』藤岡信勝
③『教材づくりの発想』藤岡信勝(ともに日本書籍)
④『授業の腕を上げる法則』向山洋一(明治図書)
⑤『授業づくり上達法』大西忠治(民衆社)

いまだに各分野でこの五冊を超えるものは出ていないと思う。これらの書にある発想を理解していないから、最近流行のALも機能しないのである。

第二に児童書を中心に、決して失ってはならない教師の構えを学ぶための書を五冊。

①『おおきな木』シェル・シルヴァスタイン著/ほんだきいちろう訳(篠崎書林)
②『戦火のなかの子どもたち』岩崎ちひろ(岩崎書店)
③『大関松三郎詩集 山芋』さがわみちお編著(百合出版)
④『まど・みちお全詩集』『続まど・みちお全詩集』(理論社)
⑤『二十四の瞳』壺井栄(各社文庫多数あり)

第三に教師として絶対に目を通しておくべき教育論を五冊。

①『階層化日本と教育危機』苅谷剛彦(有信堂)
②『教育と平等』苅谷剛彦(中公新書)
③『〈非行少年〉の消滅』土井隆義(信山社)
④『最貧困女子』鈴木大介(幻冬舎新書)
⑤『成功する子 失敗する子』ポール・タフ(英治出版)

第四に現代の日本人と学校教育を考えるために、一度じっくりと読みたい本を五冊。

①『マクドナルド化する社会』ジョージ・リッツァ(早稲田大学出版部)
②『「心理学化する社会」の臨床社会学』樫村愛子(世織書房)
③『暇と退屈の倫理学』國分功一郎(朝日出版社)
④『デフレの正体』藻谷浩介(角川oneテーマ21新書)
⑤『戦後入門』加藤典洋(ちくま新書)

第五に必ず書棚に置いておきたい、人間や世界を考えるための辞典。

①『日本人の行動文法』竹内靖雄(東洋経済)
②『座右の銘』「座右の銘」研究会編(里文出版)
③『人間臨終図鑑 上下巻』山田風太郎(徳間書店)
④『定義集』ちくま哲学の森・別巻(筑摩書房)
⑤『現代日本人の意識構造』(NHK放送文化研究所)

だたし、⑤は第一版から第八版まですべて揃えて目を通し、しかも今後も刊行される度に読み続けることを前提としないと意味をなさない。

第六に文学から五冊。その作家の作品の中で私が最も影響を受けた著作を一作品だけ上げておくが、基本的にはすべての作品を読んでいただきたい作家たちである。

①『太陽と鐵』三島由紀夫
②『藪の中』芥川龍之介
③『地下室の手記』ドストエフスキー
④『柔らかな頰』桐野夏生
⑤『きつねの窓』安房直子

最後に付け加えれば、フィクションについてもノンフィクションについても、全集形態の書籍を人生に一つずつは読むべきだと私は考えている。私の場合であれば、例えば三島由紀夫全集や宮沢賢治全集を通して読んだり、「岩波講座 現代」を新旧ともに通して読んだりした経緯がある。

できれば、自分なりのこだわりを持って読むことをお勧めする。例えば私は現在、村上春樹を処女作から順にすべての比喩を抜き出してメモしながら読んでいる。暇を見つけては取り組んでいるが、十年くらいで終わればいいなあ……と考えながら読み続けて、既に三年が経つ。現在六冊目である。好きなもの、自分の中に引っかかったものをただ読むだけでなく、目的意識を持って、「ちょっと変人」と称されるくらいのこだわりを持って読まなければ読書は実にならない。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?