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吊るされた娘の腹を刃が貫き血飛沫は迸る
運命を知りながら受容しなければならないときの心はかくも平静なものだろうかと思う。
それは例えば娘の場合。娘がこの食卓の一人挟んだ向こう側についたときから運命は決していた。突如として娘は宙に吊るされる。それはクレーンゲームが景品を持ちあげるごときさりげなさであった。娘の母親は何の疑問も差し挟むことなく目の前に並べられた皿から食べ物をつまみあげる。私は刹那の後に耳を劈くであろう娘の母親の悲鳴を予期し
雨の音が私を連れていく
変わってしまう関係性ならば初めから築かなければいいのに。永遠なんて存在しないと解っているはずなのにどうしてその時だけはもしかしたらあるかもしれないと期待してしまうのだろう。理性を上回る何かの力が働いて結果的にそれで傷つくのであるなら何のためにそんな力が備わっているというのだろう。一つ一つは時計の針が秒を刻むように微量な変化だから瞬間的には気付かないけれど、ふと空を見上げたときに青から紺に移り変わっ
もっとみる世界であなたがいちばん美しいなどと思いあがるな
あなたは美しい。銀フレームの丸眼鏡の奥から透き通ったまなざしで見渡せばたちまち世界は虚構と汚染にまみれた真実の姿をさらけだしてしまう。あなたは美しい。長い指先で紡いだ文字のしなやかで流れるようなフォルムは見る者を魅了して空想の世界に誘う。あなたは文句のつけようもないほど美しくいつでもさらりさらりと風に吹かれている。あなたは本当に美しい。
わたしの知らない世界知らない世界のことを存在しない世界なの
ネバダの空に祈りを捧げる
あんな風に飛んでいきたかった。
あなたが見ていてくれるからこそあなたが見ていてくれると思えばわたしの手はどれだけだって文字を紡ぐことができる。あなたの目の前でならわたしはどれだけの音でも重ねられる。あなたがいればわたしは万年筆のインクのようにどこまでもほとばしることができる。あなたがいれば。あなたさえ見てくれたら。わたしにはあなただけがいればいい。あなたはわたしだけ見ていればいい。
決して裏切
犯した罪を自覚してなお罰から逃れたいと思うもの
蕾状に立ちのぼる火柱。数百メートル先の窓すら震わせる衝撃。逃げ惑う職員。パトカーと救急車のサイレンが辺り一帯にこだまする。速報のテロップ。スマートフォンの通知音。号外を配る新聞社。その瞬間から、世間の視線は狙われたテレビ局に釘付けになった。わたしはその一連の動きを映画を観るように眺めていた。
別にテレビ局を狙ったわけではない。わたしのちょっとした好奇心と冒険心が思わぬ結果を招いてしまっただけだ。
抜け出すために飛び込んだ世界であたしは溺れて死んでしまいそう
だけどそれもいいかもしれないなと思う。どうせ真実なんてどこにもないんだから。
都合の良い虚構真実なんて存在しているようでその実どこにも存在していない。虚構を真実だと思いこませようとする人間と虚構を真実だと思いこんだふりをする人間でこの世界は回っている。何もかもは都合よく存在することを求められるのであってありのままの姿を素直にさらけ出すことほど愚かなことはない。
重苦しく開かれた唇も謝罪の言葉も
君に勝ちたかったのか、君に負けてほしかったのか
揺れる車窓を眺めながら過去の私に問いかけられる。
稚拙ながら目の前のことだけ考えていて、君に勝つことばかり考えていたあの頃の。稚拙と表現したけれど今ではもう戻れない場所にいたのなら、もっと畏怖するべきなのかもしれない。
初めは確かに前者だったけれどいつしか目的がすり替わってしまっていた。
同義のようでまったく異なるその言葉が痛く突き刺さってくるのは現在の私の苦悩を明確に言い当てているから。
星のみえない満月の夜、旅人は荒野を歩く
普段であれば頭上に広がる星々は満月のまばゆい光にかき消されて姿を隠してしまっている。
荒野を支配する月の光はどこか寒々しく、岩と枯草ばかりの表情のない大地をよりいっそう寂しげな色彩に染めあげる。
故郷に置いてきたものはどれも取るに足らないものばかりだったが、こんな夜はなぜだか妙に思い出ばかりが甦る。
大地を蹴る足音と砂をさらっていく微かな風の音以外、耳に入るものは何もない。
静寂の地を旅人は歩
私ではない誰かになるために
頑張れば誰かになれると思って、新しいことをすれば私であることを辞められると思って、だけど結局私は私でしかいられないってことを突き付けられて、だから頑張ることを辞めてしまう。
常に私は私じゃない誰かになりたかった。私の人生から抜け出して他の誰かの人生を歩んでみたかった。私は私のことが嫌いだけれどそれに具体的な理由はなくて、あるとしたらそれは私が私であるからに他ならない。私は私のことが嫌いだから私の
トンネルを抜けたその先で
職場を抜けて窓から外に出てみた。窓といっても一面が硝子張りの壁のようなもので、開けられないように見えるそれを開ける方法を私だけは知っていた。外に出るとキラキラと風が吹き抜けていく。抹茶色の屋根に横たわる。視界を覆う青空はびっくりするほど青く高く雲が遠慮がちに端の方を流れていく。久しぶりに本物の空を見たような感覚。どこからか潮の匂いがする。さっきまでいた場所、10メートル足らずの壁を隔てた向こう側に
もっとみる生命なんて存在しなければいいのに
望んだわけでもないのに勝手に生み落とされて、社会の中で生きていくことを求められる。望んで生まれたわけじゃないのに制度的にも倫理的にもさまざまな義務を課され、違反すれば弾かれる。さらに生まれなんてものもあって、医者の息子に生まれれば医者を継ぐことを求められる。王室に生まれでもしたら一挙手一投足を監視され、相応の振る舞いを期待され、ご自身の立場を弁えろなどと言われる。
望んで生まれてきたわけでもまし
すごい人は「すごい人」という生き物であってほしかった
世の中には無数のすごい人たちがいる。
私にできないことができる人はすごいし、多くの人から評価されるような成果をあげている人もすごい。
周りにはすごい人ばかりで、大した能力もなく、誰かに評価されるようなことを成し遂げたこともない私は毎日茨の中で暮らしているようで、どんどん落ち込んでいく。
そもそも「すごい人と比べて落ち込むことが傲慢」という風潮もあるが、それについては今はおいておく。
励まし