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【小説】キヨメの慈雨 第四話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事にこれまでの話のリンクがあります。四話以降はコンテストの審査対象外になってしまいますが少しずつ書いていきたいです。



「あれは、君達がやったのか?」

 ワゴン車から降りてきた白髪の若い男が、先ほど意澄が倒した暴漢を見て尋ねた。市役所の車から出てきたのに、その服装は上下とも白いジャージだった。傘もささずに立つ若者は穏やかな口調をしているが、不思議と威圧感がある。

(えっと、何て答えたらいいんだろ。素直にわたしがやりましたと言っていいのかな······というかそもそも何で市役所?警察じゃなくて?でも、どっちにしろ通報してないんだけど。近所の人が連絡したのかな)

 あれこれ考えて意澄が答えられないでいると、白い若者はもう一度穏やかな口調で尋ねる。

「あれは、君がやったのか?」

 その眼光に、底知れない力があるように意澄は感じた。大人しく素直に答えてしまおうとしたとき、

「駄目ですよ、怖がらせちゃ。まずはこちらから名乗らないと」

 ワゴン車の運転席から、今度は若い女性が現れる。彼女は市役所勤務らしいスーツ姿で、かわいらしいピンク色の傘をさしていた。女性の言葉を受けて白い若者は、

「これは失礼。私は天領市役所『特定市民対応室』の日尻朗ひじりあきらだ。そしてこちらが」

「同じく天領市役所『特民室』の江西結えにしゆいです」

 江西と名乗った女性はご丁寧に名刺まで渡してくれた。日尻と名乗った若者はジャージのポケットを探ったが、どうやら名刺は無かったようだ。

「あ、えっと、天領第一高校一年の御槌意澄です」

 名刺を受け取り、半ば条件反射のように意澄も名乗った。

「それで、あそこで伸びているコトナリヌシは、君がやったのか?」

「ちょっと日尻さん、特民室が何かとかちゃんと説明しなくていいんですか?」

 改めて問い直した日尻に江西が言うが、意澄はそれどころではなかった。コトナリヌシ。間違いなくこの白髪の若者は意澄が倒した暴漢のことをそう呼んだ。どういう訳かはわからないが、この市役所の人間達はコトナリについて知っている。ここで隠し事をするのは良くなさそうだ。

「はい、わたしがやりましたけど······」

 意澄が答えると、日尻と江西が顔を見合わせた。今度は江西が尋ねる。

「意澄ちゃん、だったよね。あなたは一人でやったの?」

「二人と言うべきか、一人と一体と言うべきなのか······とにかく、一人ではありません」

「そう。つまり、あなたのコトナリと一緒にやったってことでいいのね?」

「そ、そうですけど······コトナリについて、知ってるんですか?」

「もちろん。わたし達は、コトナリとコトナリヌシへの対応を行う部署だから。雨の中立ち話も難だし、市役所で話聞かせてもらえないかな?」

「いいですけど······」

 承諾せざるを得なかったが、意澄は内心かなり不安だった。コトナリとコトナリヌシへの対応を行う部署が市役所内に存在することにも驚いたが、大人二人に連れていかれて取り調べのようなものを受けることがかなり不安だ。チコの方を見やると、どこにもいなかった。姿を隠して休んでいるのだろう。つまり、一人きり。どうにかしてはぐらかす口実を作ろうとして、

「あ、でもわたしここまで自転車で来たんです。だから、一旦家に帰っていいですか?また改めて市役所には伺いますので」

「問題はない。我々の仲間がもう一台大きな車で来るので、それに載せていけばいいさ」

 日尻が言うと、タイミング良くもう一台の市章が貼られたワゴン車がやって来て、意澄達の近くに停まった。新しいワゴン車からは四人の若い男女が降りてくる。市役所の車から降りてきたというのに、誰一人としてスーツやワイシャツを着ていない。四人がそれぞれ意澄に軽く会釈すると、赤いウェーブの長髪の女性と黒いマッシュルームヘアの男性と金色のツンツン頭の男性の三人で玄関横で伸びている暴漢に近づいていき、残った黒い長髪をツインテールにした女性というよりは少女と呼ぶべき人物はワゴン車の後部座席を倒し、トランクを開けて意澄の自転車を積み込む準備をしている。

(何この人達······いや、市役所の人達なんだろうけど。それにしては恰好がラフすぎでしょ。この人達も特民室のメンバー······?ってことはコトナリヌシなのかな)

 意澄が考えていると、暴漢を囲んで見下ろしている三人のうち、赤いウェーブロングの女性が口を開く。

「うっわーこりゃすげーな。何度もボコられたっつーよりは一発でぶちのめされた感じか?」

 すると黒いマッシュルームヘアの男性が、

「そうだね。出血はない。眼鏡が壊れている。正面から殴られたみたい。あの女の子の能力だろう。なかなか侮れない」

 金色ツンツン頭の男性は、

「ってか、こいつ生きてるよな?死んでないよな?」

「あーん?気になるんだったら確かめてみりゃいーだろーが、高館たかだち

「うん。やってみなよ」

「ええ?なつめさんも柿崎かきざきさんも簡単に言いますけど、どうやるんすか?」

「そりゃーお前、口とか鼻に手当ててみたりさ」

「マジすか、オレおっさんの口とか鼻とか絶対手近づけたくないんすけど」

「みんなそう。でも生存確認は大事。僕達の重要な仕事」

「ええ······ジャンケンしません?ジャン負け生存確認で」

「はー!?お前がやれよ」

「言い出しっぺが負ける。こういうジャンケンは」

「ええ······わかったよ。やりますよ、やりますからね」

 そう言って高館と呼ばれた金色ツンツン頭は渋々暴漢の口に手を近づけた。

「······ううわあ、感触キモ!でも生きてる!良かった!日尻さーん、江西さーん、こいつ生きてますよ!」

 高館に言われて日尻は、

「そうか。卑劣な男だとはいえ、生きていて良かった」

「ですね。すぐに仕事が終わりそうです。なつめさん、柿崎くん、高館くん、その人を運んでくれますか?」

 江西に言われ、なつめと呼ばれた赤いウェーブロングの女性が暴漢に手をかざした。すると暴漢の全身が膜が張ったように淡く発光する。柿崎と呼ばれた黒いマッシュルームヘアの男性と高館が暴漢の脇と足をそれぞれ持つが、暴漢の体は微動だにせず倒れた姿のまま持ち上げられた。

(何だろう、物体の固定······?なつめさんって人の能力なのかな)

 不思議がる意澄をよそに柿崎と高館は暴漢を運び、ワゴン車の広くなった後部座席に意澄の自転車を倒さないよう注意しながら入れた。

「······性犯罪者。死ねばいいのに」

 ツインテールの少女が凍った目線で暴漢を見下した。

明日海あすみちゃん、気持ちはわかるけど手出しちゃ駄目だよ」

 江西が明日海というらしいツインテールの少女に言うと、明日海は暴漢に一発蹴りを入れた後でワゴン車からぴょんと飛び降りる。

「えっと、皆さんは、あいつが何したか知ってるんですか?」

 意澄が尋ねると日尻がうなずいて、

「さっきも言ったように、我々はコトナリとコトナリヌシの対応を行っている。その男には、コトナリの力を使って十代の少女に悪さをしていた疑いがかけられていたため調査していたんだ。先ほどその疑いが確信になったためこちらに急行したら、既に君が倒していたということだ」

「そ、そうなんですね······」

 そのとき、意澄のスマホが鳴った。日尻が促し、失礼します、と断ってから意澄は電話に出る。相手は美温だった。

『もしもし、意澄ちゃん?』

「もしもし、意澄です。どうしたの美温?」

『あのさ意澄ちゃん、非常に申し訳ないんだけど······志望調査の紙、よく探したら見つかりました。ホントにごめん!もう出発しちゃった?それと、送った住所も完全に間違えてました。ごめんなさい!あたし何考えてたんだろ、ホントにごめんね!』

「いや、大丈夫だよ。見つかって良かったね」

『うん、ありがと。ホントにごめんね。じゃあまた明日ね、意澄ちゃん』

「うん、また明日」

 それで電話は終わった。日尻はため息をつき、
「なるほど。君は友人の荷物を届けに来たがそもそもそれは友人の勘違いで、しかも友人に教えてもらった住所は不運にも暴漢、しかもコトナリヌシのものだったということか。だが君もコトナリヌシだったために返り討ちにしたと。全く、どちらにとっても災難だったな」

「でも、意澄ちゃんが大変なことにならなくて良かった。相手も生きてたし、そこは不幸中の幸いですね」

 江西が微笑むと、意澄は先ほどから引っ掛かっていたことを尋ねる。

「あの、さっきから気になってたんですけど、皆さん妙に『生きてる』ことを気にしてるのはどうしてなんですか?いや、そりゃあ当たり前のことなんですけど」

「え、そういえばそうかもね。詳しい事情は省くけど、『コトナリ関連の事件で誰も死なない』っていうのはとても大事なんだよ」

 それを聞いて意澄は息が詰まる。先ほど手を合わせて来た名前も知らない少女の様子が頭をよぎり、そのことをすぐに伝えなければならないと思った。彼女は、意澄が知るまで死んだことすら自分を殺した暴漢以外の誰にも気づいてもらえなかったのだから。

「誰も死んでないっていうのは違います。一人亡くなってます。あのクソ野郎に殺された女の子が、この家の浴室に押し込められてます」

 瞬間、江西と日尻だけでなく他の四人までもが驚いたのを意澄は感じた。先ほどの穏やかな雰囲気は一変していた。顔を強張らせた日尻が叫ぶ。

「何だと!?なぜ早く言ってくれないんだ!なつめ、高館、家に入って今すぐ遺体を保護しろ!」

「言われなくても!」

 指示された二人が駆け出す。その表情には焦りの色が濃く表れていた。

 しかし、

「その必要は無い」

 上からの声に、二人は足を止めた。女の声だった。見上げると、暴漢の家の屋根の上に茶髪を何本も編み込んだ女が立っていた。その肩には中身の入った寝袋を担いでいる。寝袋から何かがはみ出ていた。それは女性らしい長い髪の毛だった。つまり、寝袋の中身は、

「死体は回収した。だからお前らが回収する必要は無い」

 死体。はっきりと、女はそう告げた。殺された少女の、死体。それに、何かをしようとしている。

「その子を、どうするの?」

 意澄は思わず尋ねていた。女は意澄など気にも留めていなかったのだろう、少し意外そうな表情をして、

「何だお前は?見たこと無い顔だが、特民室の新入りという訳でもなさそうだな。だとしたら、死体こいつの友人か?コトナリについては知らない方が平和に暮らせるぞ。私のことも特民室のことも忘れておけ」

「その子をどうするの」

 もう一度、意澄は問うた。その声は、決して荒々しいものではなかった。しかし、叩きつけるような強い怒気が込められていた。女は面白がるように口を歪め、

「そうだな。素人にもわかるように言ってやれば、『実験』するんだよ」

 実験。殺された少女で行う、実験。それがどんなものかは、意澄は考えたくもなかった。それがどんなものであれ、意澄は許すつもりは無かった。

「その子は、クソ野郎に襲われて、とんでもなく怖い思いをして、悔しい思いをして、恥ずかしい思いをして殺されたんだよ!そして誰にも気づいてもらえず、暗い浴槽に押し込められてたんだよ!これ以上その子に何をするの!これ以上その子をどうして傷つけるの!」

 すると女はますます口を愉快げに歪めて、

「何だ?変態野郎に犯されて殺されたことが可哀想なのか?だったら誰かが仇を討っただろ。誰にも気づいてもらえないことに同情してるのか?だったら私が拾っただろ。そしてこの街の未来のために役立てるんだよ」

「屁理屈はどうでもいい!その子をもう傷つけるなって言ってるの!」

 意澄は、叫んだ。別に意澄と殺された少女は友達ではない。それどころか、少女が生きている間のことも知らない。意澄が知っているのは、少女からわずかに漂う腐ったような異臭と、全身にくっきりと刻まれたおぞましい拘束痕と、苦痛に満ちた悲しそうな表情。そして、少女には誰も助けが来てくれなかったこと。たったそれだけだった。たったそれだけ知っていれば、充分だった。死して尚踏みにじられようとする少女のために立ち上がるには、充分だった。

「チコ!」

「ようやく眠れると思ったんだがな。早く終わらせるぞ」

 意澄は地を蹴り、大きな水の拳を握り締めて屋根へと飛び上がった。


〈つづく〉

 






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