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【小説】キヨメの慈雨OWL ―セイカの宵祭― その1


はじめに

 この作品を読む上で『キヨメの慈雨』本編を読んでいなくても何ら問題はありません。逆に『キヨメの慈雨』本編を読む上でこの作品を読まなくても全く支障はありません。したがって、この作品が私とのファーストコンタクトだという方でも楽しんでいただけるようになっているはずです。なっていなければ私の力不足です。申し訳ありません。

 この作品は、私が創作大賞2023を言い訳に放置していた小説『キヨメの慈雨』を一区切りつくところまで書き上げようとして困ったことから生まれた物語です。

 というのも、非常に情けない話ではあるのですが、イラストストーリー部門応募作『コウレイシャカイ』を完結させていざ再開させようとしたときに、本シリーズのキャラの書き方を思い出せなくなってしまっていたのです。

 そこで、『キヨメの慈雨』へのリハビリとしてこの作品を書くことにしました。あまりにも期間を空けすぎた状態で書いておりますので、「何かこれまでとキャラの雰囲気違うな」とお思いになる方もいらっしゃるかもしれません。私自身そう思うことが多々あるでしょう。

 そのため、タイトルに『OWL』を追加しました。豪雨災害に遭った天領市での物語であることに違いはありませんが、あくまで別世界線のお話ですから、キャラの雰囲気が違っていても眼を瞑っていただきますようよろしくお願いいたします。

 長々と前置いてしまいましたが、以下本編です。





本編(4,624文字)

一.


 七月十九日、十七時五十四分の天領てんりょう駅前通り。人目も憚らずに全力疾走する一人の男がいた。

(クソッ、最悪だ!いつも通りエロビデオ屋に納品しに行っただけなのに、どうして特民室の連中がいるんだ!)

 旗中はたなかちょう。この男は更衣中の女子中高生の盗撮動画を販売して生計を立てているのだが、彼のような犯罪者を取り締まる『特民室』という組織に悪事を突き止められて逃亡中である。だが店で張り込んでいた特民室の人員は三名しかおらず、初動が速かったために旗中は彼らを振り切ることに成功した。

 ではなぜ未だに真夏の街を走っているのか。それは、ある少女達が彼を追跡しているからである。

(何なんだあいつ、おれだって体力には自信があるのにまだついてきてるぞ!?まさか上級のヌシか······!)

 旗中は一瞬だけ振り返り、半袖シャツと薄地のプリーツスカートという夏用学生服に身を包み、わずかな個性付けとして水色のサマーセーターを着ている一つくくりの黒髪の少女が自分を追走していることを確認して舌打ちした。特民室とどういうつながりがあるのかは知らないが、ここまで旗中を追っているということは、彼女も彼と同じ能力者コトナリヌシなのだろう。

 駅に向かって北上し続けているとロータリーが見えてきた。そこでタクシーを拾えばひとまず難を逃れられるはずだ。いつも渡っているはずの横断歩道が今回はやけに長く見え、旗中は力を振り絞って加速する。

 だがそのとき、サマーセーターの少女が叫んだ。

早苗さなえ!そいつ止めて!」

 すると、駅前に横たわる国道を挟んで対角線上にいる、黒縁眼鏡をかけた滑らかな黒髪の少女が信号機の根元のボタンを押した。早苗と呼ばれた少女はサマーセーターを除いて旗中を追う少女と同じ服装をしている。やはり彼女も旗中の敵だ。

(······というか、ボタンだと?押しボタン式かよ!)

 早苗がボタンを押して十秒もしない内に旗中の進行方向の信号は赤に変わり、いくつもの自動車が彼の行く手を阻んだ。

「タカトビ!やるしかねえぞ!」

 旗中が呼ぶと、それは湯気が立つように現れる。翼を広げれば80センチはあろうかという大型の鳥。タカトビと呼ばれたそれは、コトナリという不思議な生物の一種だ。三年前の豪雨災害を機に天領市に現れはじめ、取り憑いた人間ヌシの生命・精神両エネルギーを糧とする代わりに彼らに自身がもっている特殊能力を付与する存在。旗中に憑いているタカトビは、空中を自在に飛び回る能力を彼に与えている。

「おう!目立っちまうけど緊急事態だ、しょうがねえ!」

 タカトビが返し、旗中は宙へ浮かび上がる。そのまま横断歩道の手前の角を左折してサマーセーターの少女の死角に入り、すぐ傍のビルの開いている窓から中に飛び込んだ。

 旗中が逃げ入ったのは塾の自習室のようで、期末考査のシーズンは過ぎたからか、部屋には地味なヘアゴムで長髪を縛った見るからに大人しそうな少女しかいなかった。

(一人か······好都合だな。人質に取れる。それにこいつの恰好、さっきのやつらと同じ高校じゃねえか。ワンチャン知り合いだったらかなりのアドだ)

 突然飛び込んできた男に大人しそうな少女は驚きのあまり硬直しているようだったが、そんなことは旗中には関係ない。幸いにも、彼の能力はナイフを現出できる具現型だ。少女に詰め寄ると後ろからその顎を掴んで喉元にナイフをあてがい、次の行動を考える。

(とりあえずあいつらをやり過ごせればいい。こいつは塾の職員に見つかったときの保険だ。今は隠れることに専念する)

 そう思っていたのに、旗中は気づけば塾ビルの裏、まだ客の少ない飲み屋街に大人しそうな少女と共に立っていた。

「············は?」

 突然の状況に理解が追いつかない。つい三秒前まで塾の自習室にいたはずだ。それなのに、なぜ。

「ナイス小春こはるちゃん、ファインプレーだよ!瞬間移動はやっぱ強いね!」

 声がして振り向くと、ダークブラウンの艶のある長髪をした背の高い少女と、栗色のショートヘアをした小柄な少女が並んで立ちはだかっていた。長身の少女の言葉に小春と呼ばれた少女は照れくさそうに、

「あ、ありがとう。でもわたしは隠れてるものしか移動できないし、美温みおちゃんの方がずっと強い」

「ホントに?じゃああたしも頑張るね」

 負ける。ゆるりと臨戦態勢を取った美温というらしい少女を見て、旗中は直感した。すぐさま大人しそうな少女の喉に当てたナイフを二人に向けて、

「お前ら、何かしてきたらこいつが死ぬからな!近づくんじゃねえぞ!」

「だったらさ」

 まるで放課後に友人をショッピングに誘うような明るい声で、美温は右手を旗中に突き出した。

「近づかなきゃいいんだよね?」

 尋ねた瞬間、美温の手に拳銃が出現していた。

(具現型か······!銃なんて珍しいが、それ以上におれにとって不利だ。それに······)

 旗中は横へ目をやり、先ほどのサマーセーターの少女と黒縁眼鏡の少女が合流しようとしているのを確認した。直後、大人しそうな少女を美温と小春へ突き飛ばし、自身は空を飛んで逃亡を図る。

「早苗、小春ちゃん、その人をお願い!わたしと美温であいつを倒す!」

「わかった!気をつけてね意澄いずみ!」

 早苗の声から、旗中は追跡者が意澄というサマーセーターの少女と美温の二人に絞られたことを察した。

「旗中、地下水道に入るぞ!暗けりゃ銃で狙えねえし、網目状になってんだから細かく曲がって撒けるはずだ!」

 タカトビの提案に応じ、旗中は短い橋の上で帰宅渋滞を起こしている自動車達の真上を飛び過ぎてから一気に下降する。体を水道と平行にしてその流れに逆らって進むと、地下への入口があっという間に近づいてきた。顔だけを後方へ向けると、意澄と美温が橋の上から旗中を目で追っている。

(ったく、ひでえことになるところだった。この街からは離れて、どっか遠くで活動しなきゃな。もうちょっと田舎に行けば、屋根が整備されてねえ着替え場所なんてここ以上にあるだろうしな。田舎娘の体のメリハリを真上から堪能するのも乙なもんよ)

 地下へ続くトンネルの入口に差し掛かったところで、旗中は名残惜しさから再び振り返る。サマーセーターの少女はそれほどでもないが、長身の少女は制服の上からでもわかるほど扇情的な身体つきをしていた。いつかこの街に戻ってきたときに盗撮して復讐してやるために、彼女の顔と身体を覚えておく必要がある。

 だが旗中の目が釘付けにされたのは、むしろ意澄の方だった。

 彼女は腰を回転させ、空へ向けてアッパーカットのように拳を突き上げる動作を取っている。

(何を······!?)

 全身に悪寒が走った旗中の思考が追いつくよりも速く。

 超高圧の水の柱が勢い良く噴き上がり、彼の腹を打ち抜いてトンネルの天井に叩きつけた。

 旗中は背中に激痛を感じ、肺の中の空気が全て飛び出た。落下すると何とか浮き上がって顔を水面から出し空気を確保するが、途端に水流が強まって先ほどの短い橋まで押し戻されていく。

(何だよこれ、まさかあのサマーセーターのやつの能力か!?体力と規模を考えれば、あいつは水氷系の上級だぞ!)

 そんなことが今更わかったところで、もはや為す術が無い。橋の真下に潜ろうかというところで再び水が噴き出し、旗中は地上へ押し上げられる。

 そして、意澄と目が合った。

「おおおおおおりゃぁぁぁっ!」

 叫んだ意澄は拳に超高圧の水塊を纏わせ、思い切り腕を振り抜く。

 打撃が旗中の顔面を捉えた瞬間に壮絶な激突音がして彼は吹き飛び、水面に力強く叩きつけられた。




二.


「······すぐ見つかって良かったけど、やっぱこいつも悪党なんだよね」

 水流を操って旗中を回収した意澄がコンクリートで固められた水道の脇で呟くと、

「うん。気持ち悪い人だけどさ、何も死ぬことはない。後は特民室の皆さんに任せようよ」

 地上の柵から身を乗り出して意澄と気を失っている旗中を覗き込んだ美温が返した。

「そうだね······じゃあチコ、お願い」

 意澄が言うと、体長20cmほどの青い体と白い腹をしたツチノコのようなコトナリが、彼女の足元に湯気が立つように現れた。

「よくやったぞ意澄、今回は合一も無しだったしな。小春が来る前にこいつのコトナリを食ってやる。あいつに憑いている白い犬は面倒だからな」

 チコ。意澄に取り憑いた、水氷系の上級コトナリ。彼女がかわいらしい声を発すると同時、旗中の傍に疲弊しきった表情のタカトビが現れる。

「おいおい、四対一は卑怯だぞ。しかも上級までいるなんて」

「黙れ。小娘どもをコソコソ盗撮していたお前のヌシの方が卑怯だ。大人しく私に食われろ」

「ったく、返す言葉もねえよ。そういう願望をもってたヌシに引き寄せられちまったのはおれだしな······」

 タカトビがそこまで言うと、チコの眼差しから冷ややかさが消えた。

「······食らうぞ、お前の命」

「ああ、役立ててくれ」

 それだけ交わしてチコは口を開け、タカトビは光の粒子となって彼女に吸い込まれていく。ヌシのエネルギーを糧にするコトナリだが、最も効率良く力をつける方法は、共食いをすることだ。だがヌシと結びつきがあるコトナリは存在が安定していて食うことができない。ヌシが精神的ないし肉体的にダメージを負って結びつきが弱まったときに限り、コトナリは他のコトナリを食うことができるのだ。

「············」

 しばらく目を閉じていたチコが何を思っているのか、敢えて詮索することはしない。言葉で訊かずとも、意澄は何となくチコの心情を感じ取っていた。自分の糧となってくれた命への感謝と尊敬。完全にできているという人間はあまりにも少ないのに、この街に潜むよくわからない生き物がそれを徹底しているという事実が、意澄を何とも言えない不思議な気持ちにさせた。

「美温、帰ろっか。特民室の人達が来ると『これは我々の仕事だから君達は危険なことをするな』とかお説教されそうだし」

 意澄が見上げると、美温は微笑んで頷いた。視線を落とすと既にチコは姿を消していた。意澄が階段を上って地上に戻る間に、早苗と小春も合流していた。

「みんなお疲れ!これで解決かな?」

 早苗が他の全員の背中を軽く叩いて言うと、

「う、うん。ひ、人質に取られてた子には、コトナリのことは伏せておいたよ。た、たぶん、そっちの方が平和に暮らせるから······」

「そっか。ありがと、小春ちゃん」

「そんな。い、意澄ちゃんがいなかったら逃げられてたし、わたしより意澄ちゃんの方がすごい」

 謙遜する小春の言葉を、意澄は素直に受け取っておいた。小春に謙遜を返すと、彼女は自己否定を突き詰めていってしまう。

「みんなありがとね。これであたしの後輩達も安心して部活ができると思う」

「いいよ。美温がわたし達を頼ってくるなんて珍しいし、正直ちょっと嬉しかったよ」

「意澄ちゃん······」

 呟いたきり美温が黙ってしまうと早苗が、

「あれ、美温照れてる?」

「いや照れてない」

「み、美温ちゃん照れ隠し······?」

「小春ちゃんまで!照れてないって!」

「いいじゃん、かわいいよ美温」

「意澄ちゃん!?もう、こういう役ってあたしじゃないのに!」

 騒ぎながら、少女達は夏の街を歩いていく。




〈つづく〉



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