見出し画像

アトピっ子だった自分に、タイムマシンで届けたい 『最新医学で一番正しいアトピーの治し方』

2月14日に光文社のサイト「本がすき。」にこの本のレビューを書いた。

『最新医学で一番正しいアトピーの治し方』
ダイヤモンド社 大塚篤司/著

このレビューの前に、以下の連続ツイートも割と広く拡散された。

画像1

記録のためにも書き残しておきたいテーマなので、以下、レビューとツイートを再構成してまとめておく。

母が巻いてくれたサランラップ

私は子どものころ、「アトピっ子」だった。
症状が酷かったのは小学生の低学年くらいで、特に冬は手指と口の周辺が荒れて、出血することもあった。
冬のバスケの外練習で指のひび割れから血が出るたび、「思い切りバスケがやりたい」と思ったものだ。
口の周りの痒みを我慢するのは、時に指の痛みより辛かった。

指先がひび割れると、母が毎晩のように、保湿剤をぬってサランラップを巻く「ラッピング療法」をやってくれた。近所の皮膚科の指示によるものだった。
口の周りや手の荒れが酷いときはステロイドで症状をコントロールし、中学から寛解して、高校でほぼ治った。
大人になっても肌のトラブルが折に触れ再発したが、今はそれもほぼおさまっている。夏の湿度が低いロンドンで2年過ごしたのが良かったようで、帰ってきたらすっかり良くなった。

本書『最新医学で一番正しいアトピーの治し方』の読後、率直に頭に浮かんだのは、「ステロイドを適切に用いる標準治療で治った私は恵まれていたのだな」という思いと、「この本がもっと早く出ていれば」という無いものねだりだった。

この本を、40年前の母と私にタイムマシンで送り届けたい。

強く、そう思った。

本書には、母が私にやってくれた処置、「ウェットラップ療法」に関するエビデンスが出てくる。
信頼性の高い研究によると、この治療法はステロイドを塗るだけの処置と効果の差は認められず、皮膚感染のリスクが「統計的に有意ではないものの増加傾向」にあったという。
一言でまとめてしまえば、現在の知見では「毎晩サランラップ」は若干リスクがあるかもしれず、さほど効果的な治療法ではなかったといえるのだろう。

私にとって、三人兄弟(私は末っ子)を抱えた忙しい母が毎晩のように一本、一本、指にサランラップを巻いてくれたのは、母の愛情を感じる、少しくすぐったくて嬉しい気持ちを呼び起こす思い出になっている。
膝枕で耳掃除をしてもらった記憶に近いというとイメージがわくだろうか。
今でも、朝起きてラップが外れて患部から血が出ていたり、指が長湯したときのようにふやけたりしていたのを鮮明に思い出せる。

この処置があまり効果的なものではなかったと本書で読んだとき、正直、少しショックを受けた。
私の思い出の価値がそれで下がったわけではない。
でも、「母のあれだけの労力が、もっと正しい療法に費やされていれば」という思いはぬぐい切れない。

医療不信という病

すでに書いたように私はアトピーを「卒業」し、20代のころ、新聞記者として製薬業界を担当した。
それはちょうど、免疫抑制のメカニズムを使ったアトピー皮膚炎の治療薬「プロトピック」が日本でも使えるようになった時期だった。
先述した「大人になってからの肌のトラブル(おそらく脂漏性湿疹)」で私自身、プロトピックにとても助けられた。

プロトピックの承認が降り、取材で詳細を知って、私は「これは症状をコントロールする素晴らしい新薬だ」と感じた。

自分が子供の頃にこの薬があれば、どんなによかっただろうと思った。

そんなある日、私はある親しい他社の記者との酒席で「こんな良い薬が出た、アトピーで苦しんでいる人がたくさん救われるだろう」と話した。軽い情報交換程度の会話だった。
すると相手から、信じられないセリフが出てきた。

「ふーん。で、お前は藤沢からいくらもらってるんだ?」

「藤沢」は現アステラス製薬だ。
訳がわからず、「は!?」とリアルに大声が出た。
会話の相手は、薬害エイズなどを取材した経験から、「製薬会社は儲けしか頭にない悪徳企業」という価値観の持ち主で、しかも「ステロイドは悪」という固定観念を持っているようだった。

私が「プロトピックの効果には強いエビデンスがある。ステロイドと併用すれば副作用を抑えながらアトピーからの『卒業』を助けられる可能性がある」と説いたが、あまり芳しい反応は返ってこなかった。

一点だけ救いがあるとすれば、そんな人相手でも「アトピービジネスの現状は酷い」という認識では一致できたことだった。

だが、プロトピックはしばらくしてリンパ腫との関連が疑われ(後に否定的なエビデンスが出ていると本書にも記されている)、そこにつけこんでステロイドのように「悪魔化」する情報が広がった。
高額の温泉療法や、「腸を整えればステロイド無しで治る!」といった商法が消えることはなかった。

そこには「言論の自由」という薬機法の網を潜る抜け穴が関与していた。
書籍の形なら、どんなデタラメも拡散できる。
アトピーのような、常時、患者の「生活の質(QOL)」を引き下げ、なかなか治らず、混乱した情報が氾濫する病気はメンタルへのダメージが大きい。

特に小さな子供がかかりやすいので、悪影響は親にも及ぶ。
そこにつけ入るビジネス、あるいは「善意」に基づく民間療法の喧伝に、記者という仕事がよって立つ「言論の自由」が一枚噛んでいることが、私の無力感をさらに募らせた。

「持久戦覚悟」の静かな筆致

本書は「2つの病」に戦いを挑んでいる。
1つはもちろんアトピーという病気そのもの。
もう1つは、「脱ステロイド」を招いてしまう医療不信という病だ。
後者は患者の不安に付け込むアトピービジネスの土壌となっている。

筆者はこの2つの困難な戦いに極めて抑制的な筆致で臨んでいる。

最新・最良の治療法を冷静にエビデンスを示して紹介する。
これは研究者であり臨床医でもある筆者にとってさほど困難な作業ではなかっただろう。治験中の薬や人工知能を活用した将来展望まで整然とした記述が続く。
私個人としても、ここ10年ほどこの分野の情報をアップデートしていなかったので、大変勉強になった。

唸ったのは、アトピービジネスと民間療法を取り上げた部分の筆の運びだ。
行間には怒りがにじんでいる。
だが、この部分でも筆者は冷静に、徹底してエビデンスを示す姿勢を崩さない。アトピービジネスに対しても、糾弾ではなく、
「なぜ患者が標準治療から脱落してしまうのか」
「それを解消するために医療に関わる人々と患者は何ができるのか」
という問題解決から焦点を外さない。

医療不信、アトピーで言えば「脱ステロイド」に代表される現象は、根深く、解決に骨が折れる問題だ。
筆者は現場で怒りと無力感に苦しんできたであろうと想像する。
それを乗り越え、単に「間違いだ」と断罪するのではなく、医療の提供者側の誤りや患者やアトピーの子を持った親の心の動きまで視野に入れて、ここまで冷静で読みやすい文章に仕上げる忍耐力と誠意には頭が下がる。

原動力は「アトピーで苦しむ人を、できるだけ多く、できるだけ早く、減らしたい」という一念だろう。

医療不信の犠牲者は常に患者

2番目の病、医療不信との戦いは、アトピーという病自体のメカニズムの解明や完全な治療法が確立が達成されていない以上、持久戦が避けられない。

この戦いの難しさと重要性を象徴する例として、本書に「1つ星」の最低点を付けたAmazonレビューを抜粋して引用する。

この本で著者は「危険な民間療法は危険」とあえて言ってきます。
決して「安全な民間療法は安全」とは言ってきません。
危険な民間療法だけをピックアップして「民間療法は(全て)危険」と言ってきます。
でも危険な使い方をすればステロイド(標準治療)だって危険なのに「安全に使えば安全」と著者は言ってきます。

(中略)

決してエビデンスのある情報以外は間違っているわけではありません。
体調を整える事に何のデメリットがあるんですか?
エビデンスがなかろうが効けば儲け物です。
効かなくても決してお金や時間の無駄ではありません。
「儲け物」の意味をよく考えてほしいです。

(中略)

世の中には「アトピー治療は困難」というイメージがありますよね?
そのイメージは決して民間療法が生んだわけではなく標準治療が生んだ物だと思います。

標準治療をおこなっている医師がこんな事を言います。
「民間療法を試すのは勝手ですが私は責任取れません」
そもそも「責任」ってなんですか?
標準治療がうまくいかないから民間療法を試すんですよ。
標準治療(保険治療)では治療の質は評価されません。
患者をたくさん捌くほど病院にメリットがあります。

(中略)

標準治療を過大評価するのは止めてください。
そして民間療法を過小評価するのも止めてください。
標準治療で治らないから民間療法を試すなんてごく自然な成り行きです。
それは決して間違った選択ではないと思います。

アトピー治療をどれだけ頑張ればいいんですか?
誰の為に頑張るんですか?
自分の為なんだから好きなように頑張ればいいんです。
「標準治療でキチンと治していきましょう」と医師に言われて承諾(決意)しても、なかなか治らないんだから決意は揺らぎます。
完治という結末ばかりに気を取られ今を楽しめない。
そんな事でいいんですか?

(中略)

民間療法を試して効果が無かったからって民間療法の限界に気づいたつもりですか?
そもそも標準治療の限界に気づいたから民間療法を試すわけです。
決して民間療法だけが劣っているわけではありません。
「標準治療でも治らなかった」その事実があるんです。

いろんな民間療法を試す時には「今度こそ治るかも」という希望と「やっぱり治らなかった」という失望があります。
なぜその失望だけをピックアップするんですか?
希望という名のまぼろしを見れた期間は間違いなく楽しめて(症状は改善せずとも)生きれていたはずです。
宝くじだって当たらなくても決して損ではありません。
「億万長者になったら何をしよう」その希望(まぼろし)自体にも価値はあるんです。

(中略)

分かりやすく言うとエビデンスがあるかどうかは多数決で決まるんです。
多数決で勝ったからって世界最高ではありません。
現状ではそのような判断(正しいとの判断)が下っただけです。
エビデンスのある治療とは「最高治療」ではなく「妥当治療」なんです。
「最高」なんて幻想です。
「一番正しい治療」なんて言葉もおかしいです。
「二番目に正しい治療」をしては駄目なんですか?

このレビュアーがどんな人物かは分からない。
だが、私は一読して、重い、息苦しさを感じた。
この人は、どれほどアトピーで苦しんできたのだろう。
大人になってもアトピーやその後遺症で苦しみ続けている人たちはたくさんいる。
「宝くじを買う」ように民間療法に頼りたくなる人たちがいる。

アトピーは、残念ながら、標準治療でも、なかなか治らない場合がある。
皮膚科医にかかっても、ステロイドの用法を誤り、副作用や後遺症に苦しむケースがある。
それでも、今は研究が進み、私が子どもだったころよりは、ずっと治りやすく、症状もコントロールしやすくなっている。
これから新薬が出てきて、さらに研究が進めば、患者の不安は和らぎ、たちの悪いビジネスがのさばる余地は小さくなっていくはずだ。

正しい治療法を守れば、アトピーを巡る悪夢はゼロにではできなくても、小さくできる。
アトピーの治療と同様、それには粘り強い持久戦が求められる。
標準治療に強い不信を持つ人々も含めて、いかに救うのか。
これは本当に骨の折れる、逃げ出したくなるような営みだ。
本書は著者にとって、その決意表明であり、これまでの取り組みをさらに進めるための第一歩だろう。

医療不信の犠牲者は、常に患者だ。
それは様々なワクチンを巡る日本の現状を見ても明らかだ。
アトピーに直接、関係を持たない人にも、「2つ目の病」、医療不信が起きるメカニズムとそれへの処方箋を学ぶ上で、広く読まれてほしい。

=========
ご愛読ありがとうございます。
投稿すると必ずツイッターでお知らせします。フォローはこちらからどうぞ。

異色の経済青春小説「おカネの教室」もよろしくお願いします。


この記事が参加している募集

推薦図書

無料投稿へのサポートは右から左に「国境なき医師団」に寄付いたします。著者本人への一番のサポートは「スキ」と「拡散」でございます。著書を読んでいただけたら、もっと嬉しゅうございます。