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「泳げる人」になった50歳の夏

この夏、水泳を始めた。
近所のプールで平泳ぎを独学というか、自己流でコツコツと練習した。
7月末から1か月、週2、3回通ったら、50歳にして初めて「一応、泳げます」と自信をもって言えるようになった。

嬉しい。
思っていたより、かなり嬉しい。

長年のコンプレックス

私は運動の得意な少年だった。小学校からバスケ部はずっとレギュラー。たいていのスポーツを人並み以上にこなせた。
例外が水泳だった。
大好きだった体育の授業も、水泳のテストだけは憂鬱だった。
クロール、平泳ぎとも25メートルが限界。泳ぐというより「沈まないよう暴れる」感じで、タイムはボロボロ、小さなプライドもボロボロになった。

その後もずっと泳げなかった。「水泳とは無縁の人生を送ろう」と決め込んでいた。苦手意識と子ども時代のコンプレックスが尾を引いていた。

でも、本当はずっと、泳げるようになりたかった。

三姉妹が小さかった頃、よく区営プールに行った。娘たちはスイミングスクールに通ったので四泳法で綺麗に泳げる。うらやましかった。
上級者用コースでゆったりと泳いでいる人たちも、うらやましかった。

「この上なく遅い」平泳ぎ

在宅勤務と猛暑は運動不足に拍車をかける。
ふと、泳いでみるか、という気になった。
ちゃんと習おうとあれこれ調べたのだが、ピッタリくるのが見つからず、
「ま、いいか」と7月末に墨田区総合体育館にふらっと行ってみた。

25メートル、8コースの立派なプールは「ウォーキング用」「フリー」「初心者」「往復」といった感じでコースロープで仕切ってあった。奥の2コースはちびっ子のスイミングスクールに代わることもある。
「フリー」のコースに入って、平泳ぎで泳いでみた。10年ぶりくらいだったろうか。
やっぱり「沈まないように暴れる」しかできなかった。
25メートルの残り数メートルは息継ぎするのが精いっぱいだった。
「やっぱり難しいな」とジタバタしていたら、休憩時間に入った。
プールサイドに上がり、大きな時計に気付いた。プールの両端にふたつ、秒針と分針だけのタイマーがシンクロして動いていた。
なるほど、自分でタイムが測れる仕組みか。
感心しつつ、嫌で嫌で仕方なかった水泳テストの記憶がよみがえった。

でも、今は誰かにジャッジされるわけでも、順位がつくわけでもない。
休憩後に平泳ぎ25メートルのタイムを計った。
45秒だった。
不思議なことに、何度か測ったけど、ほとんどズレがなかった。

帰宅してネットで「平泳ぎのタイムの目安」を検索してみた。

25m45秒以上かけるのは逆に難しい。

「SwimmingLovers|水泳愛好家のブログ」より

これには笑った。
私は「必死に泳いでも、この上なく遅い男」だった。

上記のブログをざっくりまとめると、こんな目安となっている。

一般人 35秒~45秒程度
経験者 17秒~34秒程度
現役選手 12秒~16秒台
・30代以上は年齢10歳ごとにプラス1秒
・女子はプラス2~5秒程度

「一般人」に関係する部分だけ少し引用する。

45秒以上:未経験者、入門者のレベル。
40秒以上45秒未満:かなり遅い。このタイムに留まっている場合、あおり脚になっていたりキックの仕方が変などの理由でスピードが出にくいのが考えられる。
ーーーーーーーーーーーー
初心者の壁。脱入門者!
ーーーーーーーーーーーー
35秒以上40秒未満:遅い。たまに泳ぐ程度の人レベル。まだ平泳ぎのコツがつかめていない。ストロークやキックに問題あり。
30秒以上35秒未満:やや遅い。経験者なら遅い。ジムのプールで普通に泳いでいる人ぐらい。

同ブログ

「ジムのプールで普通に泳いでいる人」。
それだ。
それが、私の目標だ。
ゆらゆらと、ずっと泳いでいる、あの人たちみたいになりたいのだ。

この目安だと、50歳の泳げないオジサンとしては、35秒を切ったら「泳げる」と言っても良さそうだ。
「どん底」から10秒の短縮。道筋はさっぱり見えなかった。

YouTube大先生

とはいえ、いまどき独習者には強い味方がいる。
YouTubeで「平泳ぎ 泳ぎ方 コツ」といった感じで検索すれば、いくらでも動画が見つかる。
前述のブログに、45秒もかかる人は「キックの仕方が変な場合が多い」と書いてあった。プールに行く前日、動画を数本見てキックを予習した。

プールに着くと、30数年ぶりにビート版を使ってキックの練習を繰り返した。しばらくやって、なんとなく推進力を出すコツがわかった。
ビート版を置いて試してみた。
水を蹴った瞬間の加速は、はっきりと良くなった。
でも、タイムは1~2秒縮んだかも、くらいで、ほぼ変わらなかった。

帰宅して、またYouTube先生に教えを請い、手のかき方と息継ぎの動画をいくつか見た。
私のやり方は、何から何まで間違っていた。「悪い例」そのままだった。
動画を見ながらソファで手を動かしてイメージを固めた。

「あ、こういうことか」

ちょっとはマシになるのでは、と期待してプールに入った。

生まれて初めて、自分の身体が水中で「スイッ」と進む感覚を味わった。

泳ぐって、こういうことだったのか。
どの動画でも「平泳ぎは『体が伸びている間』が一番進む」と言っていた。
こういうことだったのか。

伸びている間は脱力できるので、自然と体が浮く。
沈まないように暴れなくても進む。いや、だからこそ、進む。
そういうことだったのだ。

(これって、普通に泳げているのでは)

さっそくタイムアタックしてみた。
ジャスト40秒。
40秒以上45秒未満は「かなり遅い」の範囲内だ。
でも、1週間で5秒も縮まった。
すごく嬉しかった。

その後も「疑問をYouTubeで検索→なんとなく実践」を繰り返した。
しかし、タイムは伸び悩んだ。
40秒の壁は厚かった。
ネックはやはり息継ぎだった。
息が切れて「暴れる」状態は脱した。
でも「頭をざぶん」のときに水の抵抗が大きくなってしまうのだった。

「省エネ」からの発見

「いい歳だし、泳げてる感じはするし、ま、いいか」
タイムアタックは諦めて、ターゲットを変えた。
省エネだ。
私の目標は「延々とゆらゆら泳ぐ人」なのだ。

数えてみたら、この時点で私は25メートルに14ストロークを費やしていた。
上手な人を観測すると、10回くらいのようだ。クジラみたいにガバッと泳ぐでっかいオジサンは、8回で楽々届いていた。すごい。かっこいい。

「伸びる時間」を増やしたら、すぐ13ストロークになった。
でも、ケチって「伸びるだけ」では、失速してしまう。
試行錯誤して「息継ぎを2ストロークに1回」にすると12で届くようになった。「3回に1回」は息が持たなかった。

「これ、省エネもだけど、けっこうスイスイではなかろうか」と調子にのってタイムを測った。
25メートル35秒で泳いでいた。
またもや一気に5秒の短縮。

仮説が浮かんだ。
私は「12ストロークなら35秒で泳げる人」なのではないだろうか。

そこからは、タイムは気にせず、「毎回息継ぎ」で12ストロークで行けるフォームとタイミングを探った。
腹と背中を締めたり、手の「かき」の速度を変えたり、手と足の連動のタイミングを変えたり、あれこれやって、調子が良いと12ストロークで届くようになった。
タイムアタックしてみると、安定して35~38秒が出た。

「普通に泳いでいる人」に

8月下旬のある週末。軽く流した後、全力タイムアタックをやってみた。
そして、「改善したフォーム」+「ストローク2回で息継ぎ1回」の合わせ技で、「25メートル33秒」の自己ベストが出た。

前述のブログのタイムの目安を再掲する。

45秒以上:未経験者、入門者のレベル
40秒以上45秒未満:かなり遅い
ーーーー初心者の壁。脱入門者!ーーーー
35秒以上40秒未満:遅い。たまに泳ぐ程度の人レベル
30秒以上35秒未満:ジムのプールで普通に泳いでいる人ぐらい

「ジムのプールで普通に泳いでいる人」にギリギリ届いた。
「30代以上は年齢10歳ごとにプラス1秒」という救済制度を当てはめると、50歳のオジサンとしては「泳げる人」と言って良いのではないだろうか。

ここからタイムを削るのは大変そうだ。
次は航続距離の延長を目指そう。
いつもは50メートルをワンセットで泳いでいた。それぐらいで息が上がってしまうからだ。
なんとか200メートルをワンセットくらいで泳げるようになりたい。

初心者コースが空いていた某日、「どこまでいけるか」をトライした。
息継ぎ最優先。推進はキック中心。リズムを崩さない。
集中して泳ぎはじめると、100メートルまで楽に泳げた。
あれ。こんなに楽だっけ、泳ぐのって。
200メートル。フォームを特に意識しなくても前に進む。
500メートル、25メートルを10往復。まだ余裕がある。ほんとか、これ。
800メートル。少し息が上がってきた。
900メートル。キックが甘くなり、姿勢が立ち気味になってしまう。
「ここまで来たら」と踏ん張って、1000メートル、20往復を泳ぎ切った。

「沈まないように暴れて25メートル」から1か月。
謎の独学で、「ゆらゆら、延々と」の目標を達成できた。

何歳になっても、何かができるようになるのは嬉しいものだ。
長年のコンプレックスの克服となれば、喜びはさらに大きい。
2022年の夏は、泳げるようになった、忘れられない夏になった。

1000メートル達成後、試しにクロールに挑戦した。
相変わらず「沈まないように暴れる」しかできなかった。
いやはや。
まだまだ楽しめそうだ。

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