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「適当な命名」も悪くない

子どものころ、何度か親にこう言われたことがある。

「お前の名前は、適当に付けた」

ちなみに「高井浩章」はペンネームだが、本名と一字違いで、下の名前の読みは同じ。Kindleで「おカネの教室」を個人出版するときに、 「一文字だけ変えとくか」と「ひろ」の変換候補から適当に選んだ。

「女の子の名前しか考えてなかった」

「お前は橋の下で拾った」という、(一部の)昭和の子どもが言われた定番フレーズもよく言われたので、「適当につけた」という投げやりな発言も、どこまで本気だったのかは分からない。
でも、たぶん、これは本音というか、本当なのだと思う。
私は三兄弟の末っ子だ。姉妹はいない。
年子の次兄から4つ離れて生まれた私は、「次は女の子!」という期待を背負っていた。「女の子の名前しか考えてなかったから、お前の名前は適当に付けた」と言われたものだ。

父の名前から「章」の一文字をとり、「ひろ」という字をくっつけて、「ひろあき」という名前を、掛け値なしに「適当に付けた」のだろう。
長兄は「一文字もらい」方式ではないが、下の兄は私と同様に「○章」で適当感が漂う。

「適当な命名」に、自分が傷ついたり、嫌な思いをした記憶もない。まわりも、今よりも昔の方が「適当な名前」が多かったのも、高井少年が深く悩まなかった一因ではなかろうか。
今どきは「自分の名前の由来を調べる宿題」なんてのが出る小学校が多いかもしれないが、自分はやった記憶がない。

「シリーズ名」のルール

「適当な命名」で人生の幕を開けた高井さんは、30歳手前で長女が生まれ、今や三姉妹の父親となっている。
当然、3回、命名をしている。3人とも夫婦で相談して名前を決めた。
個体名は控えますが、三姉妹の命名には一定のルールというか「枠」をはめた。

1  生まれた季節に関係した和語
2  漢字2文字で3音(冬美=ふゆみ、みたいな感じ)
3  価値観が強い漢字を入れない

これは自然発生というか、事後的に適当に固まったものだ。
ちなみに長女は当初、「桜子」が最有力候補だった。
元ネタは柔道漫画の名作『帯をギュっとね!』。桜子は少年マンガ史上最高の女子キャラの1人だと思っている。お好きな方は、こちらを。

結局、長女は「桜子」にはならなかった。
生まれてご対面してみたら、なぜか「『桜子』って顔じゃねーな」と思ったからだ。とにかく、顔を見て、別の候補に変えた。
ここでお姉ちゃんが「桜子」だったら、たぶん妹二人も「~子」路線に一本化していただろう。

「和語・漢字2文字・3音・季節もの」という縛りは、三姉妹でそこはかとない統一感というかシリーズ物感を出している。和語は響きが柔らかいので、「高井」という硬質な姓とのバランスも悪くないと思う。
馴染みのある季節感の和語なら名前が難読化しないという点も考慮した。

最近の人名は、初見殺しなものが少なくない。学校の先生方、大変なようです。
私は、適当なネーミングのおかげで、名前の「読み」を人生で何度も人に説明しなくて済んでいる。面倒くさがりなので、とても助かる。
「自分に似たら、我が子も面倒くさがりかもしれない」と考え、平凡でありきたりかもしれないけれど、3人ともそれほどレア感のない名前をチョイスした。

「意味を持たせない」意味

「非レア」より意識的だったのは、「価値観を持った漢字を入れない」ことだった。
名前とキャラがずれたら、悪いな、と思ったからだ。

「BAKUMAN」に新作漫画のキャラクターの名前を練るシーンがある。「桜木花道」とか「大空翼」とかが、ナイスなネーミングの例として挙がっていたと記憶する。
こういうのは「キャラ→名前」の順だから、いい。
逆の効果を狙った傑作は、感動と笑いの傑作4コマ『自虐の詩』だろう。不幸を引き寄せる磁場を持ったヒロインの名前が「幸江」。すごい。その父親に「家康」とつけるセンスも天才的。さすが業田義家。

私の場合、我が子に「幸せになってほしい」とは思うけれど、「こんな人間に育ってほしい」という希望は、特にない。
「こんな人間」にあたるような価値観を持った漢字を名前に入れるのは、やめておいた。
三姉妹が好き勝手育っているのに命名が影響しているかは定かではない。

「重くなりすぎない」のも一手

最後は、愛読書『落語の国からのぞいてみれば』から引用して締めくくりたい。これは良い本です。

自己同一性やら、自分探し、という近代ならではの病いは、やはり「人から勝手につけられた名前を自由に変えることはできない」という不愉快な強制から発しているとおもう。みんな、何かにならないといけないとおもっているのだ。
『粗忽の使者』(引用注:落語のお題)で侍が大工に名を聞く。
「名前ですか。あの、留っこ、てんで」
「何?」
「留っこ」
「留っこ? それは留吉であるとか、留次郎であるとか……」
「いえ、それ、あるらしいんですがね、ガキの時分からそう呼ばれたことがねえんですよ。だから、いまだに知らねえんで、留っこてんですよ」
ずいぶん楽そうな世界だ。本当にこんな留公いたかどうかはわからないですが。でもそういう気分があったんだとおもう。貧乏だろうけど、楽そうではありますな。

(第4章 名前は個人のものではない)

『落語の国からのぞいてみれば』堀井憲一郎

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