「神がかり!」第21話前編
第21話「人柱」前編
ザシュッ!
闇に閃く横一閃の軌跡!
「ぐぅぅ!」
堪らず飛び退いた二メートルはあろう巨漢が、忌忌しげに唸り声を絞り出していた。
「まったく、運が良いのか悪いのか……この状況を発見したのがキミとはね」
薄暗い旧校舎の教室の一室――
一般生徒の生活圏とは無縁の立ち入り禁止区域で――
「先輩……貴方にとっては悪いんじゃ無いですか?」
蜂蜜色の髪、碧い瞳、甘い顔の美少年を前に長い黒髪の大和撫子は挑戦的に答える。
「それはどうかな?どちらかというと……」
ガガッ!
「っ!」
ガキィ!
「くっ!はっ!」
再び闇の中から襲いかかる巨漢の右拳を木刀の一撃で防いだ少女であったが、その勢いのまま押し込まれて廊下の壁に背中を打ちつけていた。
「失踪事件を追ってこの現場を押さえたのは勘が良かった。でも”天孫”を宿した本身を所持せず攻め込んだのは準備が悪かった」
木刀を構える少女の後ろには巨漢に倒されたのか、それともこの少年に倒されたのか……
十人近くの木刀を持った男子生徒が床に転がっていた。
「油断……相手をただの暴漢や異常犯罪者と思い込んでいた。そして自身が六神道だからと、その程度の装備でも十分と高をくくっていた。違うか?」
「…………」
話しかける蜂蜜色の髪の美少年に長い黒髪の大和撫子は無言だ。
「勘は良かったが準備が悪い。ふん、つまり総じて運が悪かったと言えるか」
暫く――
目前の蜂蜜色の髪の美少年の言いたいように任せていた黒髪ロングヘアーの少女だったが、そこまで聞き終えたところで彼女の紅い唇の端が上がる。
「……いいえ、運が良かったわ」
「?」
「こんな事をしでかす恥知らずが”身内”に居たなんて……身内の不始末を内々に裁けるのは運が良かったのよ」
そうして彼女は壁際から背を離し、木刀を垂直に立てて右手側に寄せると更に左足を前に半歩踏み出して構える。
「裁く?誰を?誰が?できるのか?こっちは六神道の二人が揃っているんだぞ」
――確かに、黒髪ロングヘアーの少女にとって戦況は不利
彼女が引き連れてきた者達は全てうち倒され前後不覚だ。
そして対峙する相手は、蜂蜜色の髪の美少年が言うとおり彼女と同じ六神道の手練れ二人。
さらになんと言っても最大の問題は――
彼女が現在所持するのは真剣でなく木刀だと言うこと。
「……二人?岩家先輩もどうやら”天孫”は所持していない様だし、どう見ても正気を失っているようだけど?」
――ジリッ
彼女自身、不利は承知しながらも反論を口にしつつ、ジリジリと摺足で刀剣の間合いに詰めてゆく。
「それでも”二対一”という現実は変わらないが?」
「ですから、岩家先輩はただの”操り人形状態”でしょ。それに剣道三倍段って言葉を識っているかしら、御端 來斗先輩?」
不肖の弟の様な軽口を放ちながらも、さらに間合いを詰める嬰美の瞳は真剣だ。
彼女の構えは実戦剣術の基本、五行の構えのうち”八相の構え”……
近代剣道ではあまり使われることの無い、多対個でも対応できる超実戦系の型だ。
「だからだよ。”正気”じゃ無いから怖いんだ。そこの岩家はまだまだ途中だけど、僕の実験の成果だよ」
蜂蜜色の髪の美少年が返す言葉に黒髪の剣術少女、波紫野 嬰美は目前の野獣と化した巨漢……
変わり果てた岩家 禮雄の姿に眉をひそめる。
――なにか薬のような物か、
――それとも催眠術の類いか、
彼女にそれは解らないが、岩家 禮雄が真面な状態で無いことは、まるで獣のような醜悪な形相とそれに相反する虚ろな目から容易に推測できる。
「それに僕は”天孫”を所持している。六神道で最も優れた、この御端 來斗がね!」
岩家の異様な状態に警戒する波紫野 嬰美の表情を見てとってか、蜂蜜色の髪で碧い瞳が特徴である甘い顔の美少年……御端 來斗は歪に嗤っていた。
「最強?御端先輩の”天孫”は戦闘には不向きだと思いますけど?」
だが、波紫野 嬰美はその得意そうな相手に冷や水を浴びせた。
この危機的状況でも気の強い彼女らしい一撃と言える。
「は?」
だが結果的にはそれが不味かった。
途端にその場の空気が重苦しいものに一変したのだ!
「………………やれ」
波紫野 嬰美の言葉で御端 來斗の表情に見る間に影が差し、感情の無い冷たい声で彼はそう告げる。
「う゛っ!!う゛ぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!!」
――っ!?
ビリビリと室内の大気が振動するような雄叫び!
岩家の形をした獣は、ゴム毬が弾けたように嬰美に三度襲いかかる!
ドカァァーー!!
柔道家とは思えない打撃技を繰り出して、其処いらに転がっていた木製椅子を粉々に破壊する巨獣!
「くっ!」
辛うじてソレを躱した嬰美は、自身の代わりに砕け散った椅子の破片を煙幕代わりに岩家の懐に潜り込む!
「う゛ぉぉーーー!!」
「凄んでも無駄よ、ここはもう刀剣の領域だから!」
そして構えた木刀を目にもとまらぬ速さで突き出した!
ドスゥゥ!
「がっ!がはっ!!」
結果――
岩家の巨体はグラリとバランスを崩し、目前の嬰美の方へと傾いて倒れ……
「…………う……う……おぉぉぉぉぉーー!!」
――ないっ!?
突如その状態から体勢を留め、グローブのような両手の平を万歳したように天に掲げて雄叫びを上げていた。
「なっ!?あの突きを受けて!どんな体してるのよっ!?」
そのまま、眼前にいる自身を捕まえようとする常識外れの巨漢に対し、再び木刀を構える黒髪の少女。
「がぁぁぁぁーーー!!」
「くっ!」
攻撃が真面に通らない相手に、忽ち嬰美は防戦一方になる。
――
「そこまでだっ!」
「っ!」
「ぐっ!ぐふぅぅ!!」
そんな最中、割って入った声で巨漢と少女の動きが停止していた。
「…………」
異常な岩家を前に木刀を構えたまま油断なく黒髪の少女は声の方をチラリと一瞥する。
「たいしたものだね、波紫野 嬰美。剣術の腕は弟より上なのか?」
そこには――
先ほどまでとは打って変わって、どこか愉しそうに尋ねる御端 來斗の姿があった。
波紫野 嬰美は木刀を両手にしたまま肩で息をしながらも、負けん気の強い瞳で睨み返す。
「………弟……剣には………試合では負けたことが無いわ」
第21話「人柱」前編 END
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