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「神がかり!」第22話

第22話「予期せぬ訪問者」

 風光明媚な地方都市”天都原あまつはら市”にも、未成年が近づくのには不適切な繁華街はある。

 所謂いわゆる、夜の街というやつだ。

 ――そしてここは一世会いっせいかいが仕切る繁華街の高級バー「SEPIAセピア

 「へぇ、わたしぃー初めて入ったわぁ……こんな店ぇ」

 間延びした覇気の無い声が開店準備中の薄暗い店内に響く。

 「……」

 長い髪を後ろで束ねた化粧っ気の薄い成人女性……

 スラッとした長身と適度な凹凸の曲線、均整のとれた身体からだと元々造りの良い顔立ちで、よく見ると中々の美人である。

 「おぅ!ここの責任者はいるか?一番エライ奴だよ!」

 連れは、入ってくるなり乱暴な言葉遣いで従業員を捕まえる見るからに粗野な男。

 こっちは長身のヒョロリとした体型で、面長の輪郭に光る細い目と鼻筋の通った顔立ちは見た目上はハンサムと言えなくもないが……

 生来の柄の悪さがそのすべてを打ち消して余りある。

 「お客様、当店は二十二時からの営業と……」

 掃除をしていた俺は、捕まった店員に代わってそう答えた。

 「知るか!そんなこと、責任者を出せっつってんだよ!耳が悪りぃな……」

 ガラの悪い男は従業員の男を押しのけ、ドッカリと商売用の高級ソファーに腰を下ろす。

 「……」

 「……」

 そんな堅気でないだろう二人を前にして、申し合わせたかのように従業員達の視線が俺に集まる。

 ――ちっ

 凄みのあるヤバそうな相手、

 ”お前の仕事だろ?”と無言で向けられる視線。

 誰もが厄介ごとを当然のように俺に押しつける。

 いつの間にかそうなってしまった、雑用兼荒事専用係の下っ端……

 つまり、折山 朔太郎オレだ。

 「……」

 俺はモップがけの最中であったが、招かれざる二人の前に立つ。

 「お客様、当店は二十二時からの営業となっております。申し訳ありませんが二時間後にもう一度……」

 「ああんっ?!」

 ガラの悪い男は高級ソファーに王族のような横柄さでドッカリ腰掛けたまま俺をめ付けてきた。

 「てめぇは耳だけじゃなくて頭も悪いくちか?」

 とことんケンカ腰の相手に俺はニッコリと営業スマイルを返し……

 「時間が解りにくいようでしたらデジタル時計に変えられたらどうですか?」

 ――と、男の左腕で光るイタリア製超高級腕時計を視線で指してやった。

 「……」

 「……」

 無言でにらみ合う二人……

 ひとりは見るからにガラの悪い壮年。

 もうひとりは、人当たりの良さそうで爽やかな笑顔を絶やさない好青年、

 もちろん俺だ!

 ――

 なんとも言えぬ緊張感に、見守る従業員の男達が生唾を飲み込んだ時だった。

 「あぁ!ちょっとぉ!可愛いじゃないぃ、この男の子ぉ!」

 その空気を全く察しない女の甲高い声が響いていた。

 「…………凛子りんこ

 ガラの悪い男が、ソファーの隣でボフボブと跳ねる女の名を呼んだ。

 「ねぇねぇ、キミさぁー、お金払ったら接待とかしてくれるのぉ?」

 「…………え……まぁ……そういうシステムですから……ええと?」

 一気に毒気を抜かれた俺はなんとか答えるが、続く言葉に窮する。

 「凛子りんこ!てめぇはだまって……」

 「わぉ!!ねぇたけちゃん!おごってよ、おごってぇー!!」

 「……くっ」

 どうやら調子を崩されたのは俺だけでは無いらしい。

 「と、とにかくだ……責任者を……」

 「おう、どうかしたか、折山おりやま

 ――!

 ちょうどそこへ、奥の部屋からこの店の主……

 責任者の西島にしじま かおるが顔を出したのだった。

 「……」

 「……」

無言で睨み合うガラの悪い男と、それに輪をかけてガラの悪い男。

 「てめぇが?”一世会”の西島にしじま かおるか」

 「……誰だ?お前」

 先ほどの俺との緊迫感とは桁が違う重苦しさだ。

 「あーー!折山おりやまってい言うんだ!キミキミっ!おりやまくん!」

 「……」

 「……」

 ”この女”は空気が無くても生きていける珍種らしい。

 「だ・か・らぁぁっ!ちっとは空気読めよ!このっ……」

 遂に堪忍袋の緒が切れたのか、連れの女に怒鳴りつけるガラの悪い男だったが……

 急になにか思いついたように黙り込む。

 ――なんだ?

 「折山おりやま……おりやま……どっかで聞いた名だ」

 そしてあまり賢そうで無い頭を捻る。

 「なんだ?折山おりやま、お前の旧知か?」

 「いえ、まったく」

 西島にしじま かおるにそう問われるも、俺の記憶には思い当たる節は微塵も無い。

 「ねぇねぇ、折山おりやまくんさぁー、年上とか好きかなぁ?」

 「いえ、特に……」

 「お姉さん通っちゃおうかなぁ?ここぉ。あ、心配しないでぇ、これでもお金はあるんだから」

 ――金があるって……

 さっき連れのガラの悪い男にたかろうとしていたのは何だったんだ!?

 「まぁいい……思い出せないくらいだ、どうせ大したことじゃ無い」

 考え込んでいたガラの悪い男はそう言うと一人納得し、俺は無視して西島にしじま かおるに向き直る。

 「俺は永伏ながふし 剛士たけし六神道ろくしんどうの者だ。これだけ言えば解るだろう?」

 「……」

 一見、表情に変化の無いいつも通りの仏頂面な西島にしじま かおるではあったが、ほんの一瞬だけ、珍しく渋い顔になっていたのを俺は見逃さなかった。

 ――

 結局、奥の部屋に通された”ガラの悪い男”と”意味のわからない女”は、くだんの”六神道ろくしんどう”関係者であった。

 奴らは応接室で西島にしじま かおるとなにやら話しているようで暫く姿を見せなかった。

 「……」

 ――永伏ながふし 剛士たけし……アレがね?

 掃除を再開した俺は、少し前に東外とが 真理奈まりなから聞いた情報が頭をよぎる。

 ――

 それから更に時間にして三十分ほど……

 やがてガチャリとドアが開き、先ほどの面々が現れた。

 「お疲れ様です!」

 「お疲れ様です!」

 六神道ろくしんどうの関係者とわかったら手のひらを返すようにヘコヘコと、壁際に整列して見送る従業員達。

 「……」

 ――まぁ、俺もその従業員のひとりだ

 見送る俺達には目もくれず、入り口付近まで歩いたガラの悪い男は突然立ち止まった。

 「そうそう西島にしじまさんよ、このガキ、ちょっと生意気じゃねぇか?」

 そして振り向いて”たいへん素敵”つ”いやらしい”笑みを浮かべる。

 「……」

 「まぁ、一世会あんたのところ哀葉あいば組長とも付き合いの長い間柄だ、今回はこれで大目に見てやるが……」

 そう言ってガラの悪い……永伏ながふしなる男は大股に開いた足先をズイと俺の方に出した。

 「……」

 俺は大股に一歩出された相手の革靴を見る。

 ガラの悪いノーネクタイにスーツという風体にしては、綺麗に磨かれた革靴ではある。

 「サッサと這いつくばれ、ガキ!俺はいそがしいんだ!」

 苛立った声でそう言うと男は睨み付けてきた。

 ――舐めろってか?

 六神道ろくしんどうなんて大層な看板掲げたところで、永伏ながふし 剛士たけし……

 ほんと下衆な方法で上下関係をハッキリさせないと気が済まないってところは外道ヤクザと同じ穴のムジナだ。

 「あーー!ずるいっ!たけちゃん、折山おりやまくんに舐めて貰うのならわたしのヒールに……」

 ――この女に至っては最早なにを考えているのか理解できない

 「……折山おりやま

 西島にしじま かおるの言葉に無言で頷いた俺は、そのまま膝を折って永伏ながふしの眼前で四つん這いに這い蹲る。

 「ふん」

 あからさまに見下す視線。

 それは永伏ながふし 剛士たけしだけじゃない、同僚達の視線も同様だ。

 ――そりゃそうだ

 完全に下っ端の雑魚である俺にとってはこんな事は日常茶飯事。

 鬱憤晴らしには丁度良い見せ物だからな。

 「……」

 俺は頭を毛足長めの絨毯すれすれまで頭を下げ、よく磨かれた革靴の味を堪能する。

 ――
 ―

 「よし、おりやま……」

 永伏ながふし 剛士たけしが俺の名を呼ぶ。

 ――はいはい、解ってるよ。くだらねぇ……

 俺はそのまま額を深く深く絨毯に埋もれさせてから、こう言った。

 「生意気言ってどうもすみませんでした、永伏ながふしさん。勘弁して下さい」

 相手の望むままの言葉を、俺の中に欠片も無い言葉を、口から無感情に吐き出す。

 「ちっ、ガキが……今後気をつけろよ」

 そう吐き捨てて永伏ながふし 剛士たけしは去って行った。

 帰り際に、化粧っ気の無い見た目だけは美人の女も、ひらひらと俺に手を振って消える。

 「…………仕事だ、さっさと準備しろ」

 その後、西島にしじま かおるはそれだけ言うと奥に消えた。

 「……」

 従業員達がヒソヒソと俺の醜態を嘲笑う中、俺は立てかけてあったモップを掴んで先ほどからずっと中断していた床掃除を再開した。

 ――

 「あぁそうだ、折山おりやま

 ――?

 てっきり奥に消えたと思っていた西島にしじま かおるがドアの前で立ち止まっており、清掃中の俺に声をかけてくる。

 「六神道ろくしんどうのあのガキな、お前の学校の女……適当に拉致さらって処理するよう依頼してきたぞ」

 ぶっきらぼうにそれだけ言うと、今度こそ完全に奥の部屋に消える西島にしじま かおる

 「……」

 ――ああ、ほんと……

 「……くだらねぇ」

第22話「予期せぬ訪問者」END

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