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「神がかり!」第14話前編

第14話「キミは期待に応えてくれるかなぁ」前編

 ――少し時間は遡り、その日の朝

 彼女の身には”ある出来事”が起こっていた。

 「あ……」

 ――六月十八日、朝の登校風景

 守居かみい てるの一日は、引き裂かれた上履きを確認したことから始まった。

 いつも通り登校してきた彼女は、自身の下駄箱にあるそれを見たとき……

 小さく声は上げたがそれだけだった。

 「最近は無かったんだけどなぁ」

 ぼそりと呟いた彼女の形の良い唇は寂しそうに笑う。

 彼女にとって久しぶりではあるが、それは何度か経験したことのあることだ。

 宗教関係の人間だと噂され、学園生たちから距離を取られる彼女にとって、こういった嫌がらせは珍しくない。

 「……」

 仕方なく、職員室で来客用のスリッパを借りて教室まで歩く彼女。

 ――可愛い顔して……ね?

 ――ちょっと、近寄るとまた怪我人が出るよ?あはは!

 その彼女を遠目に見る者達はヒソヒソとなにやら噂話をしていた。

 ――ある者は眉をひそめて

 ――ある者はあからさまな嫌悪の表情で
 
 ――またある者は嘲笑の笑みを浮かべて……

 「……」

 守居かみい てるはところどころ耳に入る言葉を気にかけずに教室に向かう。

 ――見た目はほんと良いのになぁ?

 ――目を合わせたら変な同好会に誘われるぅ!ぎゃはは!

 梅雨の晴れ間の久しぶりにさわやかな朝。

 二年の教室が並ぶ階の廊下で、少女の通った後には様々な誹謗中傷が飛び交う。

 コソコソと話してはいるが、勿論、本人に聞こえるようにである。

 「……」

 心情はともかく、彼女は事も無げに歩いていた。

 いつもより少しだけその内容が過激な感じではあるが、彼女のいつものポーカーフェイスは崩れることは無い。

 "お、お嬢さん!てるさん?お願いです!助けてください!”

 ”あ、ああ……し、白い……白い獣がっ!体中に黒い闇を纏った白い巨獣が、緑色の植物を握って襲ってくるぅぅぅ!”

 造り物の顔で早足に歩く少女の記憶から、不意に"ある人物”とのやり取りが蘇る。

 少し変わっているけど面白いひと。

 ぶっきらぼうに見えて優しいひと。

 他人とは比べものにならない理不尽の中にいたのに……どこか”昔”と変わらないひと

 「…………ふ……ふふ」

 ――ほんと……ばか…………ふふっ

 ほんの僅かに、彼女本来の可愛らしい唇が綻ぶが……

 ――うわ、学校来れるんだ?

 ――見た目はいいのにねぇ?

 「…………」

 彼女は直ぐにそれを立て直して、唯々、嘲笑の中を歩み続ける。

 今年の春に新入学してきた少し変わった青年、

 彼に見せる様な明るい天真爛漫な表情は欠片もない人形のような造り物の顔で……

 「あ、守居かみいさーん!守居かみいさんの両親って”カルト教団”で詐欺やってたって本当?」

 「ほーーたるちゃーーん!!へんな教団の”神様"やってたんだってぇ?ぎゃはは!」

 ――っ!

 その無遠慮な言葉で……

 たったそれだけの事で……

 一年以上保ってきた、鉄壁であったてるの仮面に亀裂が入った。

 「…………なん!?」

 歩くてるの背後から、ニヤニヤしながら不躾に問いかける同学年の男子生徒達。

 「やっぱり本当なんだ!」

 男子生徒は目聡めざとくその変化に気づいたようだ。

「…………あ」

 もう一年以上貫いてきた彼女の仮面は……意地は……

 ――その過去キーワードにだけは対応できない!!

 「あ、あの……それは……」

 それはてる自身が一番よく解っていた。

 「おーーい!やっぱり本当なんだって!あの噂っ!」

 「守居かみい てるは”犯罪者”の子だってよ!!」

 ――ざわっ!

 周りの空気が今までとは一変するのが解る!

 ――なんで!……どうして?

 からかい、嘲笑から……

 蔑み、軽蔑へと……

 醜悪さはより濃度を増して……

 「ちが……それは……あの……」

 男子生徒達はてるが強ばった頬を無理にほぐしながらなんとか表情を作り、健気に言葉を紡ぎ出そうとするのにもお構いなしで、

 「おいおい、おまえ、そんな本当のこと言って”てるさま”の機嫌を損ねたら天罰が下るぞ!」

 わっーーーー!

 津波のようにゲラゲラと笑い合う声が幾重にも幾重にも重なり合い、勝手に話を進めてゆく……

 ――誰からなの?

 ――どうしてそれが……

 「ちょっとちょっと!ほたるちゃーん!何とか言えよ」

 「…………っ!」

 うまく言葉が出ない。

 「あ……あの……」
 
 なんとかこの場を逃れようと、必死に口を開こうと試みるが……

 「……ぁ……ぅ……」

 てるの小さく整った唇は小刻みに震え、うまく言葉を紡ぎ出す事ができない。

 普段の中傷には感情の無い態度で無視をしてやり過ごす気丈な少女。

 彼女の噂を肴に盛り上がるような者達にはそれで十分で、見た目の華奢さからは考えられないほど、向けられる敵意には気丈なてるだったが……

 そう、根も葉もない誹謗中傷ややっかみなら良い。

 その程度なら全然耐えられる。

 けど、過去のことは……

 彼女が味わった”過去の出来事”は二度と思い出したくない!知られたくない!

 それが――

 学園の中でも一部の教職員位しか知らないはずの、伏せられてきた彼女の過去が何故か周知の事実になってしまっていたのだ。

第14話「キミは期待に応えてくれるかなぁ」前編 END

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