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アメリカで挑む生成AI x バーティカルSaaS(15万人の従業員を抱えるエンタープライズ企業から契約を取るまで)

.sfty(ドットセーフティー)https://www.dotsfty.comという車両を運行するすべてのマネージャー・ドライバーに向けた、運転解析・業務管理支援サービスを提供しています。2027年までに商業用車両による事故の発生件数を一桁にすることを目指しています。

このサービスの提供に至るまでの私の職歴としては、2017年にMomentumという広告の不正検知SaaS企業を創業し、KDDIに売却したのちに、2021年に米国で現在の企業を創業しました。創業当時のアイディアからはピボットし、現在のAIバーティカルSaaSを提供しています。

車両用クラウド業務管理(IOT)(1兆円市場) x AI-Native => 10兆円市場

規制緩和に大きな懸念があるトラック・商業車両の自動運転と比べて、大きな成果を上げている車両用クラウド業務管理(IOT)市場は急拡大しています。リーディング企業のSamsaraの時価総額は約3兆円を超えています。

トラック自動運転のリーダーのAurora InnovationとIOTのリーダーのSamsaraの株価比較

私たちはこの急成長市場に対して、Samsaraのようなハードウェアミックスの事業体ではなく、ピュアにAI x ソフトウェア部分にフォーカスし、全てのハードウェアベンダーと協業体制を組んで、IOT横断のサービスレイヤーのプラットフォームになることを目指しています。
ハードウェアのリプレイスには時間がかかる一方でコモディティ化しており、勝負すべきはどのように蓄積されているデータの活用を高度化するか、であると捉えています。

この先のBlogでは、どのようにアメリカでこの巨大市場に挑んでいるか?、どのように約8ヶ月間でコンセプトフェーズから、有償契約をしてもらえるプロダクトを作っていったかについて書くことがゴールです。

現在のトラクション
1. 年間有償契約3社
2. パイロット契約9社(エンタープライズ顧客含む)
3.車両IOTトップ2社のSamsara, Motive とパートナーシップ締結

その領域のエキスパートの仕事を10倍改善できるか?

私たちは下記3つを主機能として提供しています。

1. 運転映像のAI解析(ドライブレコーダーとのバックエンド連携)
2. ドライバー向け指導UI(解析された映像をもとに生成される個別化指導、業務アプリとの連携)
3. マネージャー向け業務管理Co-pilot(既存ダッシュボード上で分析結果がみられるChrome extension)

業務フローを変えずにドライバー管理を自動化できる + 運転映像解析に特化した大規模ビジョン言語モデルを導入できる部分をコア価値にしています。

AI x バーティカルSaaS の領域を狙うスタートアップにおいて一番大事な問いは、「その領域のエキスパートがすでにこなせている仕事に対して10倍のパフォーマンスを出す」ことができるか?ということだと思います。

バーティカルな業務ソフトフェアにおいて、その業界を熟知したエキスパートの顧客が最も頭を悩ませている業務を効率化するのは並大抵ではないです。職人芸を侮るのは危険です。彼らのやってきた業務には既存のワークフローをこなすにおいて十分な洗練がされているのです。

同時に、経営目線でソリューションを導入する価値のある仕事かどうか、という点で下記2点を検証する必要があると私たちは考えています。

  • 該当業務は担当部門の主要な業務か?

  • 該当業務は事業拡大に応じて線形に増え、近い将来担当者の追加採用が必要になるか?

    • 自動化のソリューションにおいて、ソリューションのコストが追加の人員とオフセットできることは意思決定者の購買を促進しやすいと思います。

私たちはこの問いに答えるプロセスで90人程度のSafety/Fleet Managerなどの担当者にインタビューし2ヶ月間の時間を費やしました。明日業務ができるレベルを目指して業務プロセスを咀嚼していきました。

MTG終了後に毎回ホワイトボードに書き出してMiroに書き起こしてました

この過程を経て、担当者の主要な業務は新規の事故・インシデントを減らすためのドライバーの業務管理、指導であるとわかりました。

事故関連コスト+保険料は物流会社のコストの10%ほどをしめており、利益率が3-5%ほどの業態においてこの変動費は大きなレバーになり得ます。そのため専任のマネージャーを雇い、ドライバーの業務管理を実施しています。業界ではNuclear verdictと呼ばれる人身事故による10億円レベルの訴訟に直面することもあり得るので、担当者にプレッシャーのかかる仕事でもあります。

その中で、彼らの業務時間を大きく圧迫しているのはドライブレコーダー(以降:ドラレコ)の映像をもとにした運転分析・インシデントのレビュー、指導メモの作成、指導面談の実施(ドライバーのマネージャーが行う場合もあるので管理監督)という一連のタスクであることがわかりました。

月500時間がドライバーの運転分析・指導にかかっている

この業務はセールスマネージャーで言えば、セールスイネーブルメントのプロセスで、営業電話・MTGの会話履歴を確認して、営業スキルの育成を図るのと同様のタスクです。

定量的なデータとしては、下記で業務時間の計算式が組めることがわかりました。

前提
1. 1 Safety managerあたり、平均200人程度のドライバーを管理している
2. 会社全体でドライバー数に応じて運転分析・指導タスクは増えていく

計算式
1. 各イベント発生時に15分のタスク
2. 月間のイベント数2000件程度
15分 x 2000件 = 500時間/月間

またなぜこれだけの時間を要しているか、について分析すると下記のインサイトを掴むことができました。

既存のドラレコは、GPS・センサーによって割り出した速度や、加速度をもとに自動でレコーディングを行う一方で、指導を行う上で重要な行動の因果関係が不明確。例えば、急停止のイベントがあった際に、それが前方車両の割り込みがあったため、ドライバーが携帯をいじっていたため、では指導内容が大きくことなる。ということがあります。このような因果関係は全て人手でレビューして指導を実施していることで多くの時間を要していました。

事前ヒアリング+初回MTGでパイロット契約が受注できるように変化

私たちはこの業務に対して、下記のソリューションを提案しました。
1. ドラレコ映像の自動解析
2. 中-低 重大度のインシデントの指導の自動化
3. 既存のドライバーの業務アプリ内に指導ポータルの構築

パイロット契約が取れたお客さんの提案書<抜粋>です。

ヒアリングをベースに業務コストの削減を詳細に見積もって提示しました

業務が10倍改善するイメージを持ってもらえたことで、初回MTGによる受注が可能になりました。

この契約を受けて、社内で研究リサーチを行なっていた大規模ビジョン言語モデルを使った解析の開発をプロダクションに向けて移していきました。
そのタイミングでNAIST(奈良先端大学)の上垣外准教授に開発に加わりました。(上垣外先生は前回の起業時のMomentumの時から共同研究をおこなわせていただき、10年来の付き合いとなるNLP/LLM分野でトップランナーです。同世代なのに驚くほど優秀。)

ありもののモデルでは、1. 運転動画の因果関係の記述で精度が低い、2. 複数の動画を解析できない(今回のタスクでは道路に面したカメラ、ドライバーに面したカメラがある)という課題があり、Video LLaMAをベースにQformerを独自のDualカメラのキャプションデータセットで再学習させたモデルと推論のインターフェースを構築しました。
Nvidia A100 80GBを使った学習プロセスにヒヤヒヤするコストがかかる試算だったので、Google for Startups クラウド プログラムの「AIスタートアップ」に採択され獲得できた約4000万円のクレジットが役立ちました。

学習されたモデルによる回答例
NAISTとの共著論文から抜粋

誰のアスピリンなのか?

Toast (NYSE: TOST)のBoardなどを務めた TidemarkのPartnerのAndrew Walshとディスカッションしたときに問われた質問です。

バンドエイドではなく、アスピリンになるのはどんな顧客?

サービスの方向性がみえたことで営業活動が回り始め、パイロット契約率が明らかに高い顧客群がありました。私たちがまずアスピリンを届けるべき顧客たちです。
共通している点は、マネージャーに対してインシデントの発生件数が過多な構造があり、マネージャーが重要度が極めて高いアクシンデント関連しかレビューできておらず、ヒヤリハット事例に対応できていないことです。

  1. 労働組合ドライバーを有する会社(エンタープライズ)

    1. Teamstersという130万人のドライバーが所属する組織があり、450社の会社に派遣を行っています。

    2. 組合がドライバーの人事権を持っているため力が強く、ドラレコのアクセス権をドライバーのプライバシーの懸念という理由で、極めて限定的なマネージャーにしか与えていません。

    3. 上記の理由で、数名のマネージャーで数千人の業務管理を求められます。

  2. 請負ドライバーを運用する会社(エンタープライズ-SMB)

    1. 80万人の請負ドライバー(個人事業主)がいます。

    2. 請負ドライバーをネットワークし、運用する会社の中央組織は少人数体制で運営されています。

    3. 保険、トラック等のアセットは運用会社が保有しているので、事故等による損失をコントロールする施策が求められます。

この顧客群に再現性をもってリーチできるセールスチェネルを確立するために、トップシェアの車両IOTベンダーとの提携を強化していきました。結果として、Samsara(2兆円の時価総額を誇る会社)とMotiveという最もグロースしている2社と顧客情報をシェアして営業体制を築くことができました。

これらの施策によって、パイロット契約が数ヶ月で1社取れる状態からひと月で9社獲得できるになりました。(15万人の従業員と8000名のドライバーを抱える食品業界のエンタープライズ顧客も含みます)

同業界で経験豊富なセールスが今まで見たことなスピードでパイロットが獲得できていると驚いています。(大手通信会社Verizonでドラレコソフトウェアの販売、車両向けSaaS(ARR$50M)の企業でHead of Businessを直近で務めていた人物です)

その後2ヶ月でARRベースで$4M ほどのパイプラインが積み上がっており、これらを売上に変えていくために、LMS 機能、アサインメントの高度化、PF連携、等の追加機能を次々にローンチしています。

導入後5ヶ月で82%のヒヤリハット事例が減ったという事例も出てきています。

事故をなくすというビジョンにさらに近づくため、車内でリアルタイムにバーチャルアシスタントを行えるAIモデルのリサーチも進めています。Googleの軽量なVLMであるPaliGemmaに適応したモデルなどで、ドラレコのエッジデバイスで機能させることを目指しています。

2027年までに商業自動車による事故の発生件数を一桁にする

商業車両でのIOT導入は400万台まで到達していますが、いまだに年間50万件の事故、12万件の人身事故が発生しています。

私たちがこの領域にピボットした理由は、物流ドライバーと以前の事業で多数インタビューする機会があり、この社会のインフラを担う人たちの生活をより良くしたいと感じたからです。

その上で、私たちはAIの可能性を広げ、事故の発生件数を2027年までに事故を大きく減らすというより具体的なミッションを確立していきました。

私たちのサービスを通じて、事故を一件でも減らし、事故に直面するドライバーや、歩行者、その家族の幸せを守りたいです。

(おまけ)日本とアメリカのプロダクト開発で何が異なるのか?

アメリカと日本のプラダクト開発の違いは、下記3つの手強いスタートアップとぶつかるケースが日本の比でないことだと考えています。

  1. 技術力のあるスタートアップ

  2. 資本力のあるスタートアップ

  3. シリアルアントレプレナーが率いているスタートアップ

一方で、アメリカの方がいい点は、少なくとも物流の領域に限って言えば、担当者の購買意欲が高く、新規の会社であってもプロダクトがよく、会社のニーズに合っていれば契約を取れるという購買側の柔軟性があると感じます。
これは今までのスタートアップが築いてきた信頼でもあると思うので、私たちも顧客の信頼を大切にしながら事業を行っていきたいと感じています。

アメリカで起業して2年が経ちましたが、アメリカでSaaSを成功させるのは挑戦の連続です。

ご興味ある方はお気軽にFacebook のDMか、tak@dotsfty.comまでご連絡ください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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