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JR地方路線問題を考える

もはやJRは地方路線を支えきれないのか

昨年法改正があり、地方の公共交通の維持が新聞やマスコミ、そしてネットでの話題に上るようになりました。

以前その業界で働いていた身としては、実はそんなに目新しいこともなく、自分が生まれた頃の国鉄問題、2000年の摩訶不思議な「規制緩和(参入と料金規制はそのままに、退出のみ自由化)」による私鉄の廃線、そして今と、ほぼ同じような問題が繰り返し起こっています。

日本の鉄道政策の問題

問題の構造もほぼ同じなので、「鉄道大国」日本は、実は政策的には産業問題の解決が50年以上できていない、「落第生」でもあります。

じゃあ、他の国はどうしたかというと、交通機関同士が利用者を巡って競争する「市場内競争」はとっくに見切りをつけ、「市場への競争」、つまりインフラのサービス提供と収益権についての競争を促すという政策に転換しています。これが実は「上下分離」の本来の姿で、公共性のあるインフラ部分は公的責任により整備、維持して、そのインフラ利用権についての競争を促す仕組みです。この考えで言うと最も上下分離が必要なのは、実は地方路線ではなく新幹線ネットワークです。JR各社がネットワークと収益を分割(しかもご丁寧に予約システムまで分割している)しているのは、仕組みそのものも非効率であり、また国民の財産としての位置付けも無視されている歪な状態です。

地方のJRの実情

政策の問題とともに、地方のJRはどんな状況でしょうか。実は、このことを定量的に知るのは非常に困難です。と言うのも、「ご利用の少ない路線」として赤字額が公開されているのは、JRが恣意的に選択した路線です。そして、赤字というからには収入と費用、両方を開示すべきですが、「赤字額」のみ出されていて、どんな計算をしたのか一切わかりません。

また赤字額が年間数億円、というと何かすごい金額のように思いますが、JRという会社全体を見渡すことがまず必要です。例えばJR西日本ですが、コロナ前、2019年度の運輸収入は8950億円あります。またグループでの経常利益は1845億円、連結収益は1兆10億円でしたから、運輸収入は約9割、利益も1845億円のうち、9割ぐらいが運輸事業によるものでしょう。(データで見るJR西日本2019)

https://www.westjr.co.jp/company/info/issue/data/pdf/data2019.pdf

これはJR西の話ですが、意外と不動産や流通などの関連事業収入が低いです。また、有価証券報告書で見ると、セグメントで見る運輸以外の利益率も低いです。

ようやく本題

さて、ようやく本題です。地方部を切り出す方法の一つは、有価証券報告書に記載されている、新幹線、在来線首都圏(または近畿圏)、在来線その他という収入の区分を見てみることです。地方部は「在来線その他」含まれることになります。以下の表は、4半期報告書で見る、新幹線、在来線近畿圏、在来線その他に区分された売上額です。コロナ前2019年Q3と、最新の2023年Q3データを比較してみました。(来月には有価証券報告書が出るので通年比較可能となるはずです)

JR西区分収益(単位百万円)

インバウンドのおかげか、意外と新幹線が回復しています。また地方部路線の「その他」のマイナス幅(右端の列)が10%を超えていて、いまだに楽観できない状況が伺えます。設備産業において売上が損益分岐点を下回ると言うのは、固定費を削減する術がほとんどないため、一気に巨額の赤字となります。これを見ると地方部に手立てをしなければならない、というように「一見」見えます。

次に各部門のマイナスを注意してみてみます。新幹線と近畿圏、合計で400億近いマイナスです。その他は100億弱です。絶対額で見てみると、収益の柱である新幹線と近畿圏の二つのマイナスを、その他の部分でなんとかする、と言うのは不可能と思われます。

実際はこの区分に対するコスト情報がないので、確実なことは言えませんが、それなりの期間存続している株式会社ですので、かかるコストも、売上の割合にだいたい比例しているはずです。地方の閑散ローカル線と新幹線、都市部の鉄道の設備とかかる人員の差は相当大きく、個人的には、会社のメイン商品の売り上げ減、利益消滅を、地方の支社のコスト削減でなんとかしようとしている、経営的には「効かない(けど実行は可能)」施策をしているように感じます。

考察


実は、このようなことは、国鉄時代にも言われていました。国鉄時代は全路線の収支が監査委員会や国会に報告されており、それによると、厳しい年では黒字であった路線は新幹線や山手線などわずか6路線、割と良い年でも10を少し超える路線しか黒字というのはなかったのです。

この状況で、地方路線を切り捨てても、全体の問題解決につながるか、ということです。事実、地方路線廃止、3セク転換後程なくして、国鉄は解体、現在のJR体制となりました。

多分、路線全体の構造は当時とさほど変わらず、ごく少数の黒字路線が全体を支えているということでしょう。また、経済学では価格による需給のマッチングにおいて、条件とするのは固定費を除いた限界費用(変動費用)が限界収入と合致することです。サンクコストは考慮してはいけないということでもあります。

地方路線が大きな赤字に見えるのは、サンクコスト、または経済効率性に関係のないコストである設備償却費用やオーバーヘッドコストなどを配賦しているからです。1日に数本のディーゼル車両が走るだけの路線にかかる、人件費を中心とする変動費用は大したことはありません。これが減ったとしても、上記の大きなマイナスをプラスにする効果はまずないでしょう。

こういうのは構造問題なので、解決は多分極めて困難です。しかし、株主の手前、何か対策をして成果を出さないといけないという状況なんだろうなと思います。新幹線か都市部の路線においては何をするにもハードルが高すぎるので、地方部の路線を切る、という相対的にハードルが低い取り組みをすることに決めた、とりあえず実行可能な策を選択した、というように思えます。都市部の収益で地方部を支える内部補助は経済効率性を損なう、ということをJRは言いますが、売上減少が深刻なのは額的には新幹線と都市部であり、その問題を地方部に持ってきている、というのは理屈に合いません

結論

社会インフラがこのような曖昧な基準で存廃が議論されている、ということは、地方だけでなく日本全体の損失につながりかねません。地方部の公共交通インフラはこれまで中小民間鉄道やバス会社の話として、地域の自己決定という方針が2000年代以降取られてきました。しかしJR問題は完全に構造が異なります。同じ枠組みで話をしても、株主と利用者、都市部と地方部の利害対立構造があるために結論は出ないでしょう。

「公共交通のリデザイン」がキャッチフレーズになっている2023年度の法改正ですが、交通政策に要する公共資金の最小化が最大の目的で、そのために関係者の協議、協力を前提とする地域の自己決定という原則はなんら変わっていません。ことJR問題に関しては、本来リデザインが必要なのは経済政策、インフラ政策としての交通政策です。協力のインセンティブがない状況を放置して、理念を唱えても多分協力(そして本当の社会効率性)というのは達成できないでしょう。

別に運営を国営に戻せとかいうつもりはありませんが、市場主義的な対応としても、新幹線ネットワークを国有化の上で運営権を入札し、上がった収益を地方ネットワーク維持の財源とするという方法が考えられます。株式会社にそんなことができるのか、ということも言われるかもしれませんが、電力会社は法律により発送電分離がなされ、競争を働かせる発電と小売、公共性のあるネットワーク部分である送電が分離されて運営されています。それを考えてもできない話ではないはずです。時々新幹線も使いますが、新幹線ネットワークからの収益と利潤が、企業の経営能力によるものとは自分には思えません。みどりの窓口の状況や、それをめぐる各社のチグハグな対応を見ていると、利用者の視点がなかった国鉄の状況に戻っていってるんじゃないかとすら感じます。

JRは地方を支えられないか、というのは多分そうかもしれません。ただ、地方を切って、その後は大丈夫かというと、全くそんなことはなく、屋台骨が危うくなっている状況だと思いますし、地方路線は症状の一つであるけれども、それへの対処というのはまさに対症療法に過ぎず、根本的なJR体制の見直しが必要なんだろうなと思います。そもそも、鉄道産業は「市場が失敗する」代表的産業として経済学の基本的教科書にも挙げられています。そして国営や規制という政府もまた失敗するというのが歴史的な経過です。日本以外の国は、この二つの失敗のその後の政策に20世紀後半から移行して、すでに四半世紀経ちます。日本では、現場のレベルの高さに相応しい産業政策に移行していくために、JRという「民営化」の成功モデルが、今は足枷になっていることに気づくことがまず必要です。

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