想田和弘 安倍政権による「民主主義の解体」が意味するもの⑦

●憲法を弱体化させる立法

安倍政権による濫用が予想されるのは、もちろん人事権だけではありません。

両院をコントロール下におく与党は、数を背景にした強引な国会運営で、憲法を弱体化させるような法案を今後どんどん通してくるでしょう。

その動きを予測する際に参考すべきは、13年の暮れに問題になった「特定秘密保護法」の制定過程です。

自民党が同年6月に発表した参院選の公約では、国家安全保障会議の設置は掲げていたものの、「特定秘密保護法」については全く触れていませんでした。また、安倍首相は同法が成立した2103年秋の臨時国会の所信表明演説で、同法には全く触れませんでした。

これはどう考えても不自然です。あれだけの反対を押し切り、あれだけの政治的エネルギーを割いて成立させた秘密保護法です。参院選の公約や所信表明演説では、当然、首相は秘密保護法に言及すべきでした。しかし安倍首相はそうはしなかった。

その事実から推測できるのは、首相はやはり麻生氏のいうところの「ナチスの手口」を実行しているということです。主権者やマスコミがわーわー騒がぬうちに、あわよくば何の議論もなされないまま、法案を通すことを虎視眈々と狙っていたとしか考えられないのです。

実際、秘密保護法が成立した臨時国会では、もう一つの重大な法案が殆ど騒がれない中、自民・公明・維新・みんな・生活の賛成で、ひっそりと成立していました。生活保護法の改定法案です。

これによって、生活保護申請時に「申請書」や「添付書類」が求められるだけでなく、不要調査の権限の拡大による「三親等以内の家族による扶養義務の事実上の要件化」がなされました。三親等といえば、自分や配偶者の甥や姪、伯父や伯母、曾祖父母までが含まれる極めて広範な「親戚」です。「生活保護を受けたいなら、親や子供だけでなく、配偶者の甥や姪などに至るまでまずは援助を求めろ」という政府の方針を法制化したわけです。

そしてこの法律は、自民党改憲草案の第24条に新設された条文とも符合します。

[自民改憲草案](新設)第24条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。

まあ、こんな法律を通してしまったら、家族間にはますます亀裂が走って、逆に崩壊していくと僕は思いますが。

いずれにせよ、貧困問題に取り組むNPO法人「もやい」の声明では、この「改正」は、「日本の社会保障の根柢(生存権)を揺るがす、戦後最大の制度改悪」だと批判されています。

事実、この法律で生活保護を申請することが非常に難しくなり、逆に役所による「水際作戦」が格段にやりやすくなることは確実です。ただでさえ2割程度低い捕捉率(生活保護の受給要件を満たしている人のうち実際に利用している人の割合)が更に落ち込み、必要な人に生活保護が利用されず、餓死者や孤独死が増加することが懸念されます。

これまでの常識からすれば、これほど重大な法案の審議には、世論を巻き込んだ時間をかけた議論が不可欠なはずですが、そんな形跡は一切見られませんでした。報道によれば、参院での審議時間は約8時間30分、衆院でのそれはわずかに約3時間でした。秘密保護法に気を取られて、生活保護法が改定されたことすら知らない主権者の方も多いのではないでしょうか。

安倍政権は、今後も重要法案をなるべく議論を呼ばないようにこそこそと超特急で、しかしシスティマティックに用意周到に成立させていくでしょう。そして残念ながら、安部政権を批判する側は、彼らのスピードと戦略にまったくついていけていないのです。

(つづく)


内田樹・編「街場の憂国会議―日本はこれからどうなるのか― 安倍政権による「民主主義の解体」が意味するもの 想田和弘」

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