伊藤整「若い詩人の肖像」 最上の状態で過ごし

梶井は、それまでに同人雑誌「青空」に書いた自分の何篇かの作品については、強い自信を持っていて、それが現在の文壇の水準を抜くものがあると信じていた。また彼は、自分の生命があまり長くないことをも予感していた。彼の人柄の明るさは、その二つの認識の上に築かれていた。彼は湯ヶ島で日光浴をしてきたと言って、真黒な顔をしていた。その頃の結核治療法では、重患のものにも日光浴が奨励されていた。彼はいかつい、醜いほどの容貌で、かつ胸が張っていた。しかし鳩胸というそのような張った胸郭は、結核に弱いものだったのだ。そのような姿形の彼は、咳もあまりしなかったので、ちょっと見ると至極健康な青年に見えた。彼は大阪にいる兄から学資、というよりも生活費を送ってもらっていたようであるが、その生活は奇妙に贅沢なものであった。彼は化粧石鹸は丸善で舶来の上等の品物を買って来て使った。また夜更かしは平気でした。また彼はパーコレータアを持っていて、自分で気に入るようにコーヒーを入れて飲んだ。彼は筆墨も極く上等のものを使い、その手紙は、そのまま後に出版されてもよいほど文章に気を配った念入りのものであった。

私の得た印象では、梶井基次郎は、生きる自分の一日一日を最上の状態で過ごし、かつ自分の残すものは、作品も手紙も十分に気をつけ、他人に与える印象もまた明るさや労わりや真心に満ちたものにしようという覚悟をして、その時間のすべてを充実したものにしたいと心を決めている人間のようであった。


伊藤整 「若い詩人の肖像」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?