『博士号のとり方』は会社勤めで訓練できる

佐藤です。本を読んでいます。『博士号のとり方』です。
ある大学院生の先輩は、「見たことはあるけれど、外国の本だし(著者はイギリスの人)、理系の話が多いのだとしたら、私には関係ないのかなと思った」と言っていました。しかし、日本の文系(人文科学系)でも、当てはまることがものすごく多い。
イギリスに軸足があるのは避けられないが、翻訳者が適宜、日本の場合にスライドさせて補っている。理系(自然科学系)が中心ということはなく、文系(人文科学系)のかなり多い。むしろ、理系と文系に分化する以前の共通項について論じた本。場合分けが必要なときだけ、まれに例外的に、自然科学系では……人文科学系では……断りが入る程度だ。

この本がみずから言うとおり、特定の分野の学問にかんする専門知識を説明しているのではなくて(そのような本は、分野ごとに無限に存在するだろう)、すべての博士課程に共通する、スケジュール管理、大学院選び(情報の集め方)、教員とのコミュニケーション(出会いから日々研究の過程まで)、資金の工面について、キャリアアップとの関わり、モチベーションの所在、ほかの大学院生との関わり方、家族や職場と折りあう方法、などが書いてあります。
どのような場合に大学院に進むべきか(考え方、興味の持ち方)、どのような場合に大学院に進むべきではないのか、あるいは去ることになるのか・去るのが賢明か。なども示されています。
うらを返せば、こういう「研究内容以外のところ」を、練習なし、ぶっつけ本番、ハイリスクで、いきなり一人ですべて切り盛りしなければならないのが、博士課程の厳しさなんですね。ハイリスクとは、多くの場合に20代の若い期間の数年~十年ほどを費やし、かつ、当人の経済力に比して大きな金銭的な支出をするという点が、かなり「挑戦的」な行動となります。

博士課程を生きていくことは、非常に難しいのでありますが、一方でぼくは別のことも感じているんです。この本で説明されていることって、すべて会社で習い、実践してきたことだなと。

たずさわる内容が「研究」じゃなくて「仕事」に置き換わるが、それをローリスクで教わり、訓練してきたのが会社での勤務でした。新卒で入社した場合、自らテーマを設定するような裁量権はないが、むしろその制約は、難易度を低下させ、進め方のノウハウの修得にのみ集中できる条件づくりだ、と解釈できなくもない。
同時に複数のことをやろうとするとパンクする。20代の1年から2年を、外形的なノウハウ(ものごとをどのように進めるんか)の取得に専念するというのは、悪い選択ではないと思います。一生ものだし、博士号の取得においても、重要度が高いスキルなので。

スケジュール管理、関係者の選定と巻き込み(協力を求めること)、上司との関わり(指示の受け方、フィードバックのサイクル、結果の評価)、キャリアに対する定期的なすりあわせ、モチベーションの探索と調整、同僚との距離のとり方、家庭生活との両立。これらを、職場ではつぶの小さなタスクに分解して、小刻みに「練習」させてくれます。それも、かなりローリスクで。履歴書では勤務期間にカウントされるから、「むだに年齢だけを重ねた」とは、社会的に見なされない。(博士課程のように)奨学金の審査を通過しなくても、かならず給料をもらえる。
「会社は学校じゃないぞ、練習とか言うな」と怒られそうですけど、若い社員がこうしたノウハウを身につけて独り立ちしてくれることを、上司は望んでいるし、会社にとっても利益です。なぜなら、職業人として独り立ちをしてくれないと、戦力にならないので。日本の新卒採用の、包括的な教育システムや社会的な了解は、とてもやさしい。

社会人を5年ぐらいやって、大学院にもどる。「ものごとを前に進める力」を駆使して、やや年数を圧縮して博士号を取得する。というのが、もしかしたら、モデルのルートになるのではないか。
5年に根拠はありませんが、履歴書のうえで、「この業務はマスターしているのね」と市場価値を持つのがそれぐらいかと。

会社ではタスク管理のノウハウばかり溜まって、それはそれで貴重な財産なんですけど、内容がおもしろくないな……という別の弊害にぶち当たるんですけど(ぼくのことです)、それは別の話です。
ぼくの場合、自分の大学院の先生を、「勤め先の部長か、役員(取締役)」だと思ってお付き合いをしています。すると、距離感、温度感が合ってきます。

とりあえず、博士課程の学生が直面するであろう、「研究以外」のあれやこれやの困難については、会社勤めをするとクリアさせてもらえます。ノウハウの面に関して、ストレートで進学したひとたちは、かなり苦労している印象です。……このような記事が書けたのは、ぼくが会社勤め15年ののち、大学院に入ったからだと思います。

ひかえめに言って、かなりオススメです。読みながら、自分、あるいは身の回りで見聞きした先輩たちの事例がつぎつぎと思い浮かんで、「その通りだ」「この点でつまずいたな」「あそこで見た話だ」「だから彼は……」などと、ため息をつきながら読み進めています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?