第3話 事件~割れた花びん
これまでのお話し
「太郎の思い出(第1話)」
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「太郎の思い出(第2話)」
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暑かった夏が終わった。転校当初、太郎はほかの二人と共に目を付けられる存在だった。だが、何度か「×」点をもらううち、うまくやり過ごすコツを覚えた。クラスに溶け込んでいれば、目立たない。バカなことさえしなければ、責められることはない。じっとしていればいい、そう思った。
午前中の授業後、給食が終わり、昼休みの時間になった。同級生たちは騒いだ。飛び跳ねる子たちもいた。そのせいで木造の建屋の床はミシミシと響いた。
誰とも話すことなくひとりでいた太郎は、忘れ物入れボックスを覗いていた。誰が落としたんだろう、この消しゴムは――。ひとり空想した。鉛筆は誰のかな。このボールペンは。マジックは。そう思い描くのがひとつの楽しみだった。
ところがだ。事件は突然起きた。
教壇の上に置いてあった大きな花びんが、大きな音を立てて割れたのだ。周りで飛び跳ねる子どもたちの振動で教壇から落ちたのだ。
ガシャン。色鮮やかな分厚い花びんは真っ逆さまに落ちて割れた。その音に驚いた生徒たちはわっと振り向いた。窓際にいた太郎も一瞬遅れて振り向いた。
「どうする? せんせいに言いに行こう」
誰ともなくふたりの子が職員室へと向かった。
しばらくしてその子たちが戻ってきた。
「せんせいが、呼んでるよ」
太郎に声をかけてきた。嫌な予感。もしかして自分がやったと思われてるんじゃ? いや違う。僕じゃない。近くにいただけだ。飛び跳ねてないし、触ってもいない。太郎は想った。
しかし断るわけにはいかない。犯罪者じゃないんだ。けれども疑われている現状に嫌気が差した。うつむき加減で職員室へと歩いて行った。
職員室に入ると、担任の三村の席までそのまま歩いた。たどり着くやいなや「せんせぃ……」と小声で呼んだ。だが三村は気づかず、何やらペンで走り書きしていた。
「せんせ」。太郎は吸い込んだ息で精一杯の音を出した。その音に気づいたのか、三村はひじ付きイスをくるりと向きを変えた。
「あ、太郎くんね。さっきクラスの学級委員のふたりがきたのよ。花びんが割れたんだってね。聴けば太郎くんが近くにいて割ったって言ってたけど……」
「ち、ちがいます、せんせ。僕じゃないです。僕は近くにいただけで触ってません」
太郎は濡れ衣を着せられた気がした。
「そう……。わかったわ。あとは先生が調べてみる」
三村は太郎の言葉をいったんは信じ、教室へと返した。
そして再度、ほかの生徒が呼ばれた。犯人がほかにいないか、太郎じゃないか、聴き取りをしたのだ。
「せんせ、一番近くにいたのは太郎くんです。だから太郎くんです」
「ひとりでに落ちることはないです。太郎くんが触ったんだと思います」
次々と証言が出てきた。いい加減な証拠では濡れ衣を着せられない。だがこれだけ証言が出てくるのなら太郎が犯人であるに違いない。三村はそう想った。
家と学校の連絡帳に、三村は書いた。
「あの花びんは6年生の卒業記念に、クラス全員からプレゼントされたものです。同じものとは言いませんが、記念のものなので、何かそれに代わるものを、太郎くんに持たしてくれたら幸いです」
三村はほかの生徒たちの言葉を信じ、太郎の言葉は信じなかった。連絡帳を持ち帰ると、太郎の母は、代わりの物を用意した。小学1年生にしてはものすごく大きい。胸のほとんどを占めるほど大きな花びんだった。
「お母さん、僕割ってない。割ってないんだ」
太郎は必死に訴えた。しかし母の耳には届かない。
「そうねえ……。まぁでも代わりの物を持って行かないとしょうがないでしょ」
代わりの物を持って行ったら、自ら非を認めることになる。それはしたくない。
けれど小学1年生の頭では、反論できるほどうまく理由を言うことはできなかった。
「わかった。うん」
仕方なく同意した太郎は、翌朝新しい花びんを持って行った。小学校6年生の卒業記念の花びん。それに代わるものを、と大きな花びんを持って行ったのだ。
三「あぁアリガト」
形ばかり、形式ばかりを重んじ、代償をした太郎は一応役目を果たした気分だった。
だが……、間違いはそれだけには終わらなかった。
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