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スキ! になると怖くなる【第2話】

イタリアンのお店で、イベントの日は少しずつ近づいてきた。なぜかはわからないけれど、その日が待ち遠しいような、もっと後のほうがよかったとか、いっそのことキャンセルになったらいいのに、といった気持ちだった。

お店の前に着くと、スタッフが出迎えてくれた。促されるままエレベーターで3階へ上がると、下りたところにはアシスタントの方が立っていた。こちらへと促されるまま歩いていくと、作家の先生が座っていた。

「ようこそ。よくいらっしゃいましたね」
「はい」

「お名前はなんて書いたらいいのかしら」
「えっ、あの……」

行く前中身のことはなにも聞かされていなかったから、唐突に聞かれて慌てた。そうか、作家の先生だったんだっけ。サインのことね。

「あ、愛でいいです」
「愛さんですね。いい名前ですね。」

そう言ったのは横に立っている男性だった。どうもダンナさんのようだ。
「きょうはどこからお見えになったんですか」と聞かれた。
「〇〇町からです」

「それはよくお越しになりました。ようこそ」
そうしばし雑談をしていると、奥さんのほうの作家の先生が著書を手渡してくれた。

大好きなあの人にずっと愛される本 / マダムれいこ

マダムれいこさんっていうのか。なんだか意味深なタイトルなような。。。あの人ってどの人だろう……ワタシにはまだそういう人は現れてこなさそう。

そう思って席につくと、しばらくしてシャンパンがグラスに注がれた。みなが注ぎ終わると、アシスタントの人だろう、挨拶があった。

「マダムれいこの講演会にお越しへようこそ。きょうは心置きなく料理とワインをたんのうしてください」

前菜にチーズ、ピッツァの後、グリーンパスタとトマトパスタの2種類が出て来た。それらをほおばり、ワインを飲んでいると、お話しがはじまった。

「私は好きな人と結婚したい! 理想の人と結婚できる! ってずっと思っていました。それも幼い頃から。

けれども好きになる人好きになる人、この人だ! と思ってお付き合いすると、いつの間にか彼のほうが冷めてさーっと潮が引いていくように去って行ったんです。それが5人目に差しかかったとき、もしかしたら私のほうにも原因があるんじゃないかなって思って……。それが愛される知恵に気づいたきっかけだったんです」

なんだろ。唐突に。でも言わんとすることは何となくわかるかな。

「でもいまの主人に出逢ったときに想ったんです。大好きな気持ちを思い切り伝えようって。忘れもしない10年のうち2回別れて、3度目に付き合ったときのことです。彼、いま横にいる夫のひろですけど彼から、『もう結婚は諦めて。ぼくは一生しないから。子どもも要らない。それでもいいなら一緒に住んでもいいけど』って言われたんです。

それはショックでしたよ。だってお付き合いしてるのに結婚できないんだから。私にとっては二重どころか何重ものショック。けれども相手を変えてもいつも去っていく。それなら私のほうから歩み寄ってもいいんじゃないかなって。親戚のいとこやさきに結婚した友だちたちも猛反対しましたよ。そんな男止めとけ! って。ぜったい不幸になるって。

でも自分が選んだ道でそうなるならしかたないって。大好きな人とずーっと一緒にいられるなら結婚は諦めてもいい。ふたつにひとつの選択だったから一緒にいるほうを選びました。もちろん親も泣いてましたけどね」

「少しぼくのほうから補足しますね。あのときぼくは別に嫌いになったわけじゃないけど、好きな気持ちもよくわからなくなってました。だってずっとお付き合いして別れてまたお付き合いしたわけだから。

相手のお母さんも呆れますよね、そりゃ。会いに行って泊まったりもして仲良くもなったんだけれど、結婚してずぅっとこの人を愛すなんてできない。そんな約束なんて守ることできない。そんなこと言ったらウソになるってずっと思ってました」

「それがひろと別れるとき、駅のホームで何度も躊躇しながらえいって思って言ったんです。『あなたとずーっと一緒にいたい。あなたがスキ! って』。もうそのとき相手の反応なんてどうでもよくなった。言えた喜びでいっぱいで」

「そのときのこと、ぼくもよく覚えています。駅のホームでれいこがいきなり言ってきたから。そのとき駅のホームにポツンと置かれたわけですよ。列車が去って誰もいなくなって、ポツンと僕が立っている。なんか情けないようなカッコ悪いような。なんで自分ここにいるんだろって思って。

でもそのときからです。『なんで自分、かたくなに結婚を拒絶してるんだろう』って思いはじめたのは――。一度も結婚したことないくせに、どうしてうまくいかない、行きっこないって想ってるんだろうって。

一緒に住みはじめて2週間が経ったとき言いました。『いろいろ考えたんだけど、結婚することにしたよ』って。そうしたられいこはキョトンとした顔をしていました。『えっ、結婚するんだよ、うれしくないの?』って聞いたのよく覚えています」

「その日まさかひろのほうからそんなこと言われるなんて思ってもみなかったし、もう結婚は諦めていたからあまりに唐突でビックリしたというか、拍子抜けしたというか、実感が湧かなかったんです」

なんかわかんないけど、いいよねこのご夫婦はって思った。ワタシも誰かいい人がいればなって思うけどまだそんな人は現れてない。

そう思っていたらパンナコッタがデザートでコーヒーと共に出て来た。音楽が流れているのを聴きながら、イチゴのリキュールのかかったパンナコッタをスプーンですくい味わった。

そうしていると、質問コーナーがはじまった。すると、50代になるというご夫婦のうち奥様のほうが手を上げた。

「ずっとこの年になるまで、仕事ひと筋でした。夫婦の会話も食事するときくらい。仕事がひと段落して休みの日になると、ふたりでぼーっとしていて、何話そうって思うんです。私の方はやりたいことずぅっとがまんしてきたから、あれもやりたい! これもやりたい! って言うんですけど、主人のほうは疲れてて、話半分でわかったわかったって言って。。。なんだか物足りないんです。どうしたらいいんでしょうか」

「私もこの本を書くとき、ふつふつと湧いて来た想いの丈をぶつけて『書きたい!』って思いました。だから毎日毎日書いては消し、書いては消し、で。ひろに原稿をハイって渡して赤字で校正してもらって、戻されてまた打ち直して、お風呂に入っているひろにまたハイって渡して……そのくり返しで最後はひろも音を上げて『もういい加減にしてくれよ、お風呂に入っているときぐらいゆっくりさせてよね!』って怒られたくらい自分のライフラークであるやりたいことにつながったら止まらなくなるんですよね」

そこでご主人のほうが手を上げた。

「あそこ補足させてください。ぼくの妻の場合はもう止めどもなしになるんです、いったん火が着いたら。前後左右順番お構いなし。次から次へと止めどもなく脈略のない話が延々と続いて、あれいいでしょ、これいいでしょ。私これやりたい! って言い出してまるで少女のようなはしゃぎようで僕も困ってるんです」

するとマダムれいこさんのご主人のひろさんが話し始めた。

「あ、それわかります。なんかいい加減してよねって言いたくなりますよね。こっちはこっちで忙しいんだからって。でも不機嫌でいるより、上機嫌でいてくれたほうがいいのはいいですよね。まぁあんまりいつでもかんでも聴いて聴いてといわれるのも困りものですけどね。わるぎはないことはわかっているから、大目に見てあげるのと、いまは忙しいから後にしてねって言ってあげるといいですよ」
「なるほど! そうですね」

たあいもないようなやりとりが続いてあと何人かが仕事の話の質問を終えた後、少し間があった。

「ほかに質問ないですか」

だれも手を上げなかった。どうしよう。あげようか、どうしようか……。

せっかくの機会だ。そう思っておもむろに手を上げた。

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