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あめ玉「愛のかたまり」

その日の早朝、駅前の広場のベンチに腰を下ろして、360度広がる空と遠くの山々をながめて上機嫌でいた。

すると、どこからともなく小さな老婆がやってきて、隣に腰かけた。私は久々に田舎の澄んだ空気を味わって上機嫌だったこともあり、

「本当にここは素晴らしいところですね~~。心が洗われるような風景です。」

と伸びをして言った。

「そうがぃん。アメなめっかい?」

(そうかい。アメなめるます?)

老婆の申し出に少しとまどった。老婆の手にした袋の中には、大きなまんまるいあめ玉が、ザラメみたいな砂糖をたっぷりまぶして収まっていた。

「すみません。一粒いただきます。うあ!なつかしい!この味だ。こんなあめ玉は、今どき売っていませんよ!なつかしいな~~!

私の母、きびしくてね~~。喉につかえるとか虫歯になるとか言って、買ってくれませんでしたからね~~」

「そうがぃん。もっとけっから、手を出さいん。」

(そうなの。もっとあげるから、手を出しなさいよ。)

右手を差し出すと、手の平にゴツゴツした大玉がてんこ盛りになった。

「あ、あ、そんなに、なめ切れませんよ~~」

「それじゃ家に持って帰れないなぃん。よし、この袋さもどさぃん。」

(それじゃ家に持って帰れないね。よし、この袋にもどしなさいな。)

私は笑いながら手の平いっぱいのあめ玉を、老婆の持っている袋にもどした。

すると老婆は、思わぬ行動に出た。あめ玉の入った袋を私に渡し、

「家に帰ってなめらぃん。」

(家に帰ってなめなさいな。)

私は頑なに固辞した。老婆が自分の楽しみのために買ったものを全て奪い取るわけにはいかないと考えたからだ。

「汚くなんてないよ~~。さっき封を切ったばっかりなんだおん。コロナも何もついてないよ。」

(汚くないわよ~~。さっき封を切ったばかりなんだもの。コロナも何もついていないわよ。)

私は苦笑しながら袋を受け取って、しかし、しばらくするとすっかり愉快な気分になり、

「このあめ玉を、おばあさんの愛のかたまりとしていただきましょう。私はこれを今度は自分のまわりにまき散らしていきます。」

老婆はニコニコしながら

「んだ、んだ。そうしてくんない。」

(そうよ、そうですよ。そうしてくださいよ。)

あれから3年経とうとしている。老婆の顔が思い出せない。たぶん、日焼けしシワだらけだったせいだろう。

しかし袋からこぼれんばかりの、色とりどりの大きなキラキラ輝くあめ玉たち。

そのさまは、ハッキリと目に焼き付いているのである。


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