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迷える手 Ep.4/ナチョスの短編

来るパーティー当日。

想像した光景が目の前に広がると思うと胸騒ぎがした。

パーティーに潜入する時はそれなりに綺麗な格好をした方が馴染みやすいが、それでは意味がなかった。

いつも家で着ている、高校時代の体育着の紺のジャージに身を包んで彼は家を出た。


電車を乗り継ぎ、パーティー会場に行く道中、彼は人々の視線を感じるかと思っていたが、思っていたよりも東京は変な奴に慣れていた。

パーティー会場は港区の某クラブ。

ドンッドンッドン。

それが漏れ出す重低音なのか、彼自身の鼓動によるものなのか、彼には分別が付かなかった。

建物の前にはセキュリティーの男が立っていた。

20代後半。身長170センチ後半。短髪。

広い胸囲、肩幅、潰れた耳。

かつて柔道選手だったことは素人が見てもわかる。

ケンカをしたら負ける。

一般男性ならそう考えるのが自然だ。

しかし彼は一眼見ただけで相手の弱点を見つけられる。

「オーバーユーズによる脊柱分離症、複数回の肘関節捻挫。」

そうつぶやき、彼は男の方へ向かった。

「あー、ちょっとちょっと、お兄さん、今日貸切だから」

「知ってます。」

「もしかして誰かのお知り合い?には見えないけど」

「そんなことより、脊柱と肘、悪くないですか?」

「え?」

彼は男の腕を軽く手に取った。

「ちょっとちょっと、なに、えっ痛っ!待って、何してんの、、えっ、うわっ、なにこれぇ。」

「これは一時的なものです。しっかり治したかったら、入れてください」

彼は男の施術の約束と引き換えに簡単に中に入った。

ドンッドンッドンッドンッ。

クラブとは無縁の人生を送ってきた彼にとって、目眩を起こしそうなクラブの音と光は刺激的すぎる。

人で埋め尽くされたフロアを想定していたが、50人ほどしかいなかった。

参加者は煌びやかなドレスで着飾り、光を反射させている。

小さなミラーボールのようだ。

DJブースをちらりと見ると、ヨーロッパ系の男のDJとデスクの上で踊るチンパンジーの姿があった。

あのチンパンジーはDJのペットなのか。

フロアがチンパンジーの動きに沸く。

金持ちの道楽は理解できない。

するとDJの男が彼に気が付き、彼の方を指差す。

DJが大きな口を開けて何か言っているが音が邪魔をしている。

早くしなければ。

気付かれると全てが水の泡だ。

彼はドレスやタキシードの後ろ姿に次から次へと目を移すが、驚くことに皆それほど身体に問題がない。

彼の目が空中を飛ぶハエを追いかけるように泳ぐ。

DJが音を止め、視線が一気に彼の方に向けられる。

彼を中心に、波紋状に人が離れていく。

それでも彼は諦めずに身体が悪い人間を捕まえようとするが、富裕層は体のケアに対しても余裕があるのか、彼の理想とする歪み方をしている人間は誰人たれともいなかった。

計算外だ。

両手を出し右往左往する姿は、先ほどまで流れていた『スリラー』のダンスのようだった。

彼の元へ1人の男が近寄ってきた。

以前施術した社長。

終わりだ。

諦めかけたその瞬間、1人だけ彼に背を向けているのが視界に飛び込んだ。

彼は社長を振り解き、DJブースへと駆け寄る。

そしてチンパンジーの背中に飛び乗った。

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