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ウィーンが君を待っている/Ep.1 正美のハサミ



登場人物

正美…大樹の母。美容師。
やす兄…正美のパートナー。
大樹…ブライアンとルームメイトだった。
ブライアン…ナチョスの大学の交換留学生。


あらすじ

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大学1年生の時に共に寮生活した交換留学生のブライアン。
半年間の共同生活の後帰国した彼が、
わたしの卒業式に合わせて約1ヶ月の日本旅行に来た。
関西旅行の間、私とブライアンは東大阪にある大樹の実家に泊まらせてもらった。
これは、ほとんどが事実の5人の旅行のお話。

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2023年3月21日 正美のハサミ 
@HIGASHI OSAKA



「はい。」とは言ったものの、断るべきだったのではないだろうか。

彼女を差し置いて助手席に座るのは、少し気が憚られる。久しぶりに見る彼女の顔。見慣れない金髪のショートカット。若い。異邦人のようだ。

走り出した車中で、正美は後部座席から僕に声を掛けた。会話を重ねるごとに、頭の中の引き出しに畳まれていた彼女との記憶が、丁寧に広げられる。

記憶の中の彼女と後部座席から届く声とを比べてみても、彼女は何ら変わっていない。

安心感を覚える会話のラリー。

それは、目の前に鏡こそないものの、4年半前の時と同じ配置だからだろうか。

彼女の言葉は、私の不安や緊張を優しく除く。
それは丁度、彼女のハサミ裁きと重なるような気がする。

母と美容師。

どちらも本当の彼女だ。

母での時間も、美容師の顔が覗かせる。

後で大樹に尋ねてわかったことだが、私がはじめて彼女に髪の毛を切ってもらったことを、彼は一切覚えていないらしい。

私は忘れもしないのに。

あれは数年前の夏の日だった。
予約した当日。分かりにくいと聞いていた場所を大樹にLINEで聞いても、一向に連絡がこない。

ようやくメッセージが来たのは美容室の最寄り駅に着いた時。

〈ごめん、ちょっと体調悪くて今日行かれへんわ。汗。住所送っとくからここ行って!(リンク)ほんまごめん!〉

確かこんな文章だった。

僕はグーグルマップを開いてお店に向かった。

この時点で予約時間5分前。

周りは倉庫や工務店のような建物が軒を連ね、美容室がありそうな雰囲気がない。

私はひたすらぐるぐると探し回った。

遂にお店らしき建物を発見。

ナチョスくん時間にルーズやなぁ、と思われているのではないか、と恐る恐るドアを開けた。

今なら、あの時の彼の体調が抜群に悪かったことを分かってあげられる。

そのせいでLINEの返信が遅かったことも。

彼は、私たちが初めて会った時のことも覚えていなかった。

僕らが初めて出会ったのは、5年前の今頃。入寮の日だ。

私が、両親と入りたての部屋を整理整頓していると、誰かがドアをノックした。

それが正美と大樹だった。

私の母親が二十代の頃、彼女の両親と交流があったらしい。

親同士によって、僕の人生に新たな縁の糸がピン、と張り出された瞬間。

予想もしなかった不思議な出会いの瞬間というのは、いつだってドラマテックに、鮮明に覚えているものだ。

しかし大樹はどうだろう。

このエピソードを彼に話すと半笑いで、「えぇ、そんなんやったっけ?笑笑」と一蹴した。
彼はそういう人間なのだ。抜けている。まあいい。悲しい。

気づけば目の前の道は、高速道路のライトに明明と照らされ、気づけば目の前には見たことのある消防署が光っていた。

会話のマジックは時計の針を早める。

やす兄が目的地のマンションの前を通り過ぎたために、僕たちは一緒になって駐車場から歩いた。

私はそれが妙に嬉しかった。

歩くことが元から好きだからというのもあるが、明日を共にする前に、一緒に何かをするということが心地良かったのだと思う。

家に着き、荷物を下ろしていると、彼女がさりげなく言った。

「上着、ハンガーにかけようか?」

その時、僕は別の意味でのお客さんとして扱われているような気持ちがした。

さりげない言葉に、彼女はやっぱり母で、やっぱり美容師なのだと思った。




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