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話せない良太の話が聞けたわけ〜岸田ひろ実のコーチングな日々〜

平成29年11月から、2030~2040年に向けた情報通信政策のビジョンについて検討を行う、総務省の「IoT新時代の未来づくり検討委員会」に委員として1年3ヶ月ほど参加させていただきました。

年齢・性別・障害の有無・国籍・所得等に関わりなく、誰もが多様な価値観やライフスタイルを持ちつつ、豊かな人生を享受できるために、ICT、AI、IoTをどのように活用していけばいいのかを、身体障害のある私の視点と、知的障害のある息子の視点から、深く広く考えさせていただきアイデアを出させていただいたり、プレゼンさせていただいたありがたい機会でした。

言葉によるコミュニケーションが難しい、ダウン症で重度の知的障害のある息子の良太が、ICT、AI、IoTを駆使できたら、今よりコミュニケーションが少しでもスムーズにできるようになるかもしれないという期待と、はたして良太がICT、AI、IoTなどを使えるようになるのか?という半信半疑な気持ちもあり、その当時はそこまで期待はしていませんでした。

それから3年が経った今。
良太はICTを駆使しています。


※ICTとは「Information and Communication Technology」の略称で、日本語では「情報通信技術」と訳されます。パソコン、電子黒板、携帯電話などをICT機器といいます。


良太は今でも上手に話すことができません。初めて会った人は良太が何を話しているのか、ほとんど理解できません。伝えたいことを文字にすることもできません。なので、良太が思っていること、伝えたいことはなかなか簡単に誰かに伝えることはできないのです。

そんな良太は3年ほど前、姉・奈美のおさがりのタブレットをもらいました。音楽をかけて踊るのが大好きな良太に、YouTubeの使い方を教えました。まず最初に好きな歌をかけると、それに関連するおすすめの曲がでてくるので、わりとすぐに使いこなせるようになりました。

しばらくして、YouTubeだけでなく、AmazonプライムビデオやNetflixが見れるようになると、ドラえもんやドラゴンボール、仮面ライダーにドラマのHERO、映画のジュラシックパークにトイストーリーと、気がつけば色々なジャンルのコンテンツを見て楽しんでいました。

しかし良太は字が書けないし、文字としての認識も難しい状況です。いったいどうやって見たいコンテンツを探して見ているんだろう。とても不思議に思ったので、ある時、良太にどうやっているのかを見せてもらいました。

すると!なんと!
ちゃんと文字を入れて検索しているではないですか!

方法はというと、最初の1文字だけをタップして入力し、それから予測変換で出てくる作品を選んでいたのでした。しかもローマ字打ちで。

例えば「トイストーリー」だと、「t」「o」とタップすると「ト」が出てきて「トイストーリー」の映画がいくつかでてきます。その中から好きな「トイストーリー」の作品を選んで見ていたのです。

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文字の入力の仕方など教えていないのに、なぜできるようになったのかは謎だったのですが、目で見て覚えて真似をすることが得意な良太は、私や奈美がタブレットを操作する時にずーっと見ていて、覚えていたのでした。

見よう見まねでできるようになった最初の1文字2文字の入力と、予測変換のおかげで、良太の「ぼくもやってみたい」という思いが叶ったのでした。

誰かに頼んでやってもらわなくても、自分の好きな時に、すきな音楽を聞けたり、すきなアニメや映画を見て楽しい時間を持つことができること、それはとても嬉しく幸せなことだと思いました。

タブレットというICTが良太の夢を叶えてくれました。

そして、今年。
良太はスマートフォンを手に入れました。

今年の2月、私は感染性心内膜炎で長期入院することになりました。コロナ禍だったので面会もできない状況が長く続く中、私と会えないという非日常に良太が不安にならないように。私といつでも連絡がとれるように。また、良太がどこにいるのかを私や奈美がいつでもGPS機能で把握できるようにと、奈美が良太にスマートフォンを持たせてくれました。

すると、私のことを心配するあまり、スマートフォンを持った当初は1日に10回を超える電話が良太からかかってきました。

「ママ、だいじょうぶ?」
「ママ、びょういん?」
「しんどい?」
「げんきになった?」
「ごはん、たべた?」
「いつかえる?」

「ママは大丈夫やで!」
「もうちょっと待っててね!」
「元気になってきたよ!」

そのつど私が答えると、ほんのちょっとした会話だけれど良太は、

「あーよかったー!」

って言って安心してくれました。
そんな安心が積み重なった頃、電話の回数はうんと減りました。

スマートフォンに慣れてしばらくしたころ、奈美が私と奈美と良太、3人のグループLINEを作ってくれました。文字で伝えることが難しい良太だけど、なんとなくでも3人の楽しい雰囲気を感じてくれたらいいなと思ったからだそうです。

すると、意外や意外。良太が自分で文字をうち始めました。
解読するのに苦労した言葉もありますが、何が言いたいのか、しばらく続けているうちになんとなくわかるようになりました。

「あかりうます」は「ありがとうございます」
「行かないよ」は「行きます」
「ございます」は「おはよう、こんにちは、こんばんは」の挨拶


そして、すごいのはスタンプを使いこなしていること。

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それから、撮った写真を送るという技も習得していました。下の写真は、麦茶のパックが無くなってることを、麦茶パックの写真を撮って知らせてくれました。

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洗濯機のスイッチを押してとLINEでお願いすると、ちゃんと理解してスイッチも押してくれます。お願いごともできるようになりました

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ここに良太が書いてくるほとんどが、スイッチのゲームソフトにパソコン、塗り絵にディズニーランドやUSJと、欲しいもの行きた所のリクエストだらけなのですが。

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今までは言葉を「話す」という手段で伝えることができなかった良太の思いを、今ではスマートフォンのLINEというツールに文字やスタンプを表すことで、私や奈美に良太の思いを伝えることができているのです。それも、使えないかもしれないと期待せずに持たせてみたスマートフォンのおかげで。

26歳にして初めてできるようになったこと、それは、自分の思いを伝えること、伝わっていると確信できたことでした。

良太が自分の思いを伝えられるようになったこと、言いたいことを理解してもらえるようになったことは、これまで叶わなかったことでした。

他のみんなは当たり前にできていたことがようやく今、可能になった。
良太はどれだけ嬉しくかんじているのだろうか。

私に置き換えてみると。
この気持ちをわかってほしい、今これをしてほしい、私の話を聞いてほしい。でも伝えられない、わかってもらえない。伝える術がない。
わかっていたつもりでしたが、改めて考えて見ると、そのストレスの大きさを感じて心が痛くなります。

私が「IoT新時代の未来づくり検討委員会」に参加していた当時は、良太がICT、AI、IoTを活用できているイメージをもつことは正直、あまりできていませんでした。良太にはきっと無理だろうと、使いこなすには難しすぎると、どこかで決めつけていました。

大切なのは、できるかできないかを先に判断するのではなく、できるかもしれないという想像をしてみること。不可能を可能にするにはまず、やらせてみるこ、これしかありません。

すっかりスマートフォンを使いこなせるようになった良太は、毎朝アラームをかけて自分で起きたり、今日の天気を調べて着ていく服を選んだり、大好きなラーメンのお店を探してみたりと、驚くほど色々なことができるようになりました。

良太にこんな能力があったんだと、できることがこんなにあったんだと、今になって驚くことがいっぱいです。

言葉を話して誰かに自分の思いを伝えることがとても難しかった良太が、スマートフォンというICTのおかげで今や、コミュニケーションの幅も広げることができるようになりました。

良太には一人でできないことがまだまだたくさんあります。
良太の将来が不安になることもありますが、ICT、AI、IoTに限らず、多様な人にとっての便利なモノが、未来にはきっとたくさんあるはずだと思うと、今は、良太の未来は不安より楽しみのほうが大きくなりました。

ICT、AI、IoTの便利な機器はこれからもっとたくさん開発されることでしょう。ただ、どんなに便利で優秀なそれらがあったとしても、どこで手に入れられるのか、どうやったら使えるようになるのか。使い方を教えてもらえる場所はどこにあるのか、そして、こんなこができるようになるよって教えてもらえる機会があるのか。

使いこなせるための情報を、誰でも簡単に、すぐに手に入れられるようになればいいなと思います。そうすれば、良太のように、できなかったことができるようになって、持っていた能力を発揮できて。もっともっと楽しい経験ができるようになる人が増えるんだろうな。

今や誰でももっているスマートフォンを手に入れたことで、できることがたくさん増えて、これまでよりもずっとご機嫌で楽しそうにしている良太を見てはそんなことを考えています。

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