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文学の森殺人事件 第八話

「悪い噂?」
「実際に二階堂先生は取材で警察に話を聞いたり、旅をされたりなど非常に真摯に仕事と向き合っていました。彼女が他人の文章をそのまま盗作するのはあり得ないことです」
「話が食い違ってきますね」
「嘘を嘘と見分けられない人に真実を語るのは難しいかもしれません」
「あまりこのようなことを言いたくはありません」西園寺は言った。「ではなぜSNSなどで二階堂先生が盗作をしていると話題になるのですか?」
「西園寺さんは誰かが流した悪意のある嘘の情報を信じるのですか?」
 西園寺はスマートフォンを使いグーグルで『二階堂ゆみ 盗作』と検索した。それを赤羽に見せた。そこには彼女を一斉に叩かないと気が済まない者たちが文章の盗作を叩いていた。

 作家のモラルとしてそれが許されるか否かが根底にある訳だが、盗作というのは歌手、バンド、漫画家に至るまで許されてきたという経緯がある。もちろん売れっ子作家の二階堂ゆみにも同じことが言えた。人の書いた文章を盗用したことが許せない者は、魔女狩りのように彼女を誹謗中傷した。5ちゃんねるなどでは常に二階堂ファンとアンチが論争していた。
 盗作作家と烙印を押されたにもかかわらず、海外でも高い人気があり、問題をもみ消してきた経緯が彼女の背景にはある。盗作した日本の作家や海外の作家は彼女より知名度が劣るのも、あるいは盗作をもみ消せてきた要因なのかもしれない。

「赤羽さんは信じていませんか?」
「馬鹿馬鹿しい」赤羽雄一は急に態度を変えた。「いちいち、無職や変人などの言いがかりを信用していたら身が持ちませんよ」
 西園寺は盗作した文章や記事の引用などを持ち出して、その文章がそっくりそのままなのを赤羽に見せた。
「私も信じたくはありません。しかし、信じなければならないのなら信じるしかありません。もしかしたらモラルに反することなのかもしれません。けれども、巷で流れている噂は思ったより拡大して、現実味を帯びているのも事実です」
「私はこれ以上あなたとは関わりたくない」と赤羽は言った。
「私だってこのようなことはしたくない。私が聞きたいのは盗作したのが真実かどうかより、誰が犯人なのかを突き詰めることです」西園寺は言った。「私は先ずあなたに鎌を掛けました。怒りを買うのも仕方がないことなのかもしれません。けれども、赤羽さん、私は犯人が本性を現すのは、本人にとって都合が悪いことを持ち出されて、それに対して怒りの感情が爆発し、よからぬことを口に出すかどうかが鍵になると信じているのでね」

「気分が悪いです」と赤羽は言った。
「怒りの感情は時に犯人を炙り出すことに繋がってきます」西園寺は言った。「これで完全に分断されましたね。侵害派と擁護派がふたつに分かれました」
 私は自分から汚れ役を買って出る西園寺を初めて見た。今日の彼はいつものスマートな紳士ではなかった。いつもの彼は友人の体の健康などに気を配り、心配そうにしている人間に手を伸ばす優しさを持っていた。しかし、この日の西園寺は違う。これは極めて警察の尋問に近い。警察のような横柄な態度ではないが、相手の癇に障ることを平気で口に出していた。
「気が滅入っています!」
「もちろん存じています」西園寺は言った「決して許すべきではないのは過去の盗作よりも彼女を殺した人物に対してです」
「ではなぜ?」
「私は盗作したのはある人物が係わっていると思うのでね」

 二

 昼の四時四十五分「文学の森」二Fフロアに、私と西園寺が向かった。二Fはエアコンの効いた涼しいフロアだが、今は特に用がなかった。だが、非常階段を上った先に重要参考人がいるテラスがある。普段は区民がサンドウィッチやコーヒーなどを飲んで疲れを癒やしている場所だ。 
 しかし、この日だけは違っていた。悪い噂を持つ人間がモグラのように姿を隠すには最適な場所に思えた。閉ざされた空間に蟻の一匹でも侵入されてはいけない。そのためには全ての人間のアリバイを聞かなければならない。私たちの半径五メートル以内で怪しい人物が鋭い視線でこちらを見ていた。どうしても対峙しなければならない相手だった。

「三木剛さんですね?」
 三木は黙って肯いた。
「探偵の西園寺一です。少し話を聞かせて貰って宜しいでしょうか?」
「いいですけど。早く切り上げましょう」
「あなたは二階堂先生が亡くなったのに動揺していないようですね」
「私はリアリストです。死んだ人間を悲しむのは一般論として理解できますが、終わってしまったら仕方がないのです。もっとも二階堂先生は一般人が一生分働いても手にできないお金を稼いでいたので、満足だと思いますがね」
「先ずあなたは二階堂先生が会見している時に一度姿を消しましたね」
「ええ。野暮用があったもので」
 西園寺は黙って肯いた。そして言った。
「その間に毒を盛ることも可能でした。でもあなたが『文学の森』の外に出て、進藤警部に呼び戻された時にバツの悪い顔をしていたのも事実です。なぜあなたは直ぐに帰ったのですか?」
「昼の十二時に出版社で担当の作家さんと打ち合わせがありました。私は二階堂先生以外にも担当を受け持っていましたから、十分にアリバイは成立します。どうですか?」
「ですが、毒殺することも可能です。あるいは嘘の供述をしている可能性もあります」

「あなたも疑い深い人だな。編集者は時間に追われるのが常なんですよ」
「あなたについて噂を聞きました」西園寺は言った。「それはとても悪い噂でした。私は三木さんと二階堂先生二人にしか知らない秘密が隠されているのではないかと疑っています」
「私と二階堂先生は作家と担当編集者として以外に特に関係はありませんよ」
「影で操っているという噂は本当ですか?」
「まさか!」
 三木はとても驚いた顔をしていた。
「ところで三木さんは、長田春彦さんをご存じですか?」
「あの気の荒い青年ですか。ハッキリ言って嫌いですね」
「失礼を承知で言います」西園寺は言った。「二階堂先生が盗作していたという噂がありますよね。その盗作をもみ消していたのは本当ですか?」
 三木剛は口を真一文字に閉じて腕組みをし始めた。
「それが事件と何の関係があるのですか?」
「私は真実だけが知りたいのです」
「彼女は優秀な作家でしたよ。ただ少し浅はかなところがありました」
「浅はかなところ?」
「作家は真似から始まるのです。トリックやプロットあるいは引用は多かれ少なかれ誰かは必ずやっています」
「確かにそうですね。しかし度が過ぎた場合それは裁判沙汰になりかねない」
「彼女は失脚して追放される運命にあるのです」
「どういう意味です」
「つまり限界を超えてしまっていた」
「彼女が盗作したことは認めるのですか?」

「あのですね、私は二階堂先生に盗作を勧めたことはありませんよ。盗作をもみ消す? それは犯罪ではないですか? 私に権限があっても手塩にかけて育てた作家が盗作作家だと烙印を押されるのを黙ってみてるほど人間ができていない」
「本当ですか?」西園寺は言った。「SNSには彼女の盗作記録は星の数ほど溢れてますけどね」
 三木剛は渋々彼の意見に答えをだした。
「認めますよ。西園寺さんだっけ? 思ったよりしつこい人だな」
「分かりました。では次の質問です。あなたは二階堂先生に個人的な恨みを持っている人物と接点がある。あるいは世界的な作家にもかかわらず、粘着質なアンチに恨みを持たれている事実を隠している」

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