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Googleショックに襲われたゼンリンを有価証券報告書から企業分析してみた

3月22日、Googleマップが独自の地図情報をベースにした地図へと切り替えられました。渋谷駅前のバス停がなくなったり、あるはずのない湖が地図に表示されていたりと混乱も見られました。

Googleはこれまでゼンリンの地図情報をベースとしていました。Googleマップのオフライン対応を行うために交渉を行っていたようですが、これが決裂したために独自地図に切り替えられたのではない?とされています。

これを受けて、3月22日、ゼンリンの株価はストップ安となり、前日より-484円 (-16.36%)安い2,473円で取引を終えました。

果たしてこの評価は妥当なのでしょうか?定性的な分析多めですが、有価証券報告書から分析していきましょう。

Googleが離れて株価が下落する理由

GoogleはGAFAと呼ばれる企業群の1社なので感覚的に影響が大きそうというのはわかるかと思います。実は有価証券報告書を見るとそれに関する記述を見つけることができます。

事業等のリスク
有価証券報告書には事業等のリスクという章があります。ここを見ると自動車メーカーや通信事業者、インターネットサービス事業者が売上高の多くの締めていることがわかります。

(4) 特定の取引先への依存について
① 特定の販売先への依存について
当社グループの売上高は、特定のカーメーカー関連各社及び通信事業者並びにインターネットサービス事業者に対するものが多くを占めております。
これらの販売先とは、取引関係が長く、製品の仕様検討、技術開発、地図データベースの改良などにおいて相互協力関係にあり、引き続き販売先を通じて顧客ニーズを充足する努力を続けることで、良好な協力関係の維持と発展を目指してまいります。

このインターネットサービス事業者の中にはGoogleもおそらく含まれているであろうことは想像できます。ゼンリンが地図情報を提供しているインターネット事業者は他に、ヤフーやマイクロソフト、ナビタイムなどがあります。

有価証券報告書の中でリスクとして挙げられていることからもGoogleの離脱は売上減少へのリスクとして認知されており、今回の件でゼンリンの株価下落につながったと言えます。

Google離脱により売上高への影響度

では、Googleはどれくらいの影響力なのか?販売実績の項目を見ると

主要な取引先(総販売実績に対する割合が10%以上)に該当するものはありませんので記載を省略しております。

と書かれてあります。このことから、大きくても売上の10%には満たない程度ということがわかります。

ゼンリンのバリュードライバー

ゼンリンのバリュードライバーを探っていきます。下の図はGMOクリック証券が提供している経営効率分析ツリーです。2009年3月期から2018年3月期までの有価証券報告書をベースに作成されています。

投下資本利益率(ROIC)を見ると2013年をピークに一気に下落しています。しかし、2015年を底にV字回復しています。

ROICを分解して、売上高営業利益率と投下資本回転率を比較します。ゼンリンの場合、ROICと売上高営業利益率がほぼ相関関係にあり、売上高営業利益率がバリュードライバーと言えそうです。

売上高営業利益率をさらに分解して、販売管理費率(販管費率)と原価率を見ていきます。販管費率も原価率も低いほうが良く、低くなると売上高営業利益率が高くなります。販管費率も原価率も一緒に下がって売上高営業利益率に貢献してきたわけではなく、2015年から続く回復は原価率が上がったときは販管費率を下げるなどして、原価率、販管費率双方がお互いを補いながら売上高営業利益率の向上に貢献しています。

ゼンリンは2015年に以下のような中長期経営計画「ZENRIN GROWTH PLAN 2020」を打ち出しており、その戦略がうまく行っている証拠と考えられます。

ゼンリングループは2015年度からスタートした中長期経営計画「ZENRIN GROWTH PLAN 2020(以下、ZGP2020)」(2016年3月期~2020年3月期)に取り組んでおります。
 
(ZGP2020の基本方針)
ゼンリングループは経営ビジョンである「情報を地図化する世界一の企業」を実現するために、ZGP2020では位置情報サービスの拡充、防災・減災に対する意識の高まり、安全運転支援など、多様化する地図情報の用途に対し、情報の差別化とコストリーダーシップを実現することで「日本の地図をすべてゼンリン基盤とする」ことを目指します。
 
(ZGP2020のテーマ)
「日本の地図をすべてゼンリン基盤へ」
 
(ZGP2020の基本構成)
ZGP2020ではニーズに対応したサービスの提供にとどまらず、地図情報の新たな利用価値創造を目指し、    「モノ」から「コト」への転換を軸として、3つの基本構成を掲げて取り組んでおります。
   Ⅰ.「利用シーン」を創造した用途開発による収益拡大
   Ⅱ.「QCDDS」(※)を追求した時空間情報システムの安定運用
   Ⅲ.「生産性改革」の実現による固定費率の低減
   (※)QCDDS:Quality(品質)、Cost(価格)、Delivery(納期)、Diversity(多様性)、Scalability(拡張性)

今後の課題

販管費率はピークの2013年よりも低い水準にあるので、原価率を下げることが2013年よりもROICを上げるための課題と言えそうです。

原価率を下げるためには、付加価値のついた商品を顧客に提供するか、高効率に商品開発を行い、商品のコストをカットする必要があります。地図データの販売が主な事業になってきますので、変動費よりも固定費の方が原価の割合は大きいのではないか?と考えられます。固定費には情報の収集や入力作業などの人件費や情報を保存するデータベースの運営費などがあります。入力作業などはオフショアによる低減を行っているようです。データベースの運営費はクラウド化などでアクセス数に応じた課金への移行などを行うと変動費への転嫁も可能かもしれません。

今後の驚異

Googleが独自地図に移行したことでゼンリンの地図品質の高さは証明されました。自動車開発には、ナビゲーション用途の他に、自動運転車を開発する場合にも地図情報が必要となり、今後ますます地図情報の重要性は増していきそうです。自動車メーカーが自社で地図情報を開発するのは効率が悪く、地図情報を専門に扱うメーカーを利用することは変わりなさそうです。ゼンリンはその地図情報専門メーカーの中でもトップのシェアを誇っており、地図情報専門メーカー間の戦いには、今後も、規模の経済により原価率を下げて行き、高い品質の製品を出すことで高付加価値を付けた値付けを行うことが可能ではないかと言えます。また、販管費率も維持向上していくことで経営効率を上げていくことができると言えそうです。

しかし、Googleが独自地図を作成している動きは不気味です。
Googleは航空写真、スマートフォンから収集した消費者動向、消費者が入力したローカル情報などを使って地図を作成しています。地図情報の入力は消費者自身が行ってくれるので、情報の収集と入力を同時にタダで行ってもらえる仕組みを作ってしまっています。

また、ナビゲーションなどはスマートフォンアプリによるナビゲーションシステムの方が自動車のナビゲーションよりも優れていると自動車のナビゲーションを使わずスマートフォンアプリのナビゲーションを使用する消費者も増えています。ナビゲーションの画面にスマートフォンと連動して、スマートフォンの画面を表示するシステムもあり、そのシステムがもし今後主流になれば、自動車のナビゲーションに地図は不要になってしまいます。

今後、Googleマップの高品質化、カーナビゲーションのシステムの衰退とスマートフォンアプリのナビゲーションシステムの自動車への浸透が起こった場合、自動車メーカーからの売上が下がってしまう可能性があり驚異と言えます。

GoogleがGoogleマップの地図情報を販売する可能性もあります。その場合に、ゼンリンのシェア低下と原価率、販管費率が上がり、経営効率が落ちる可能性はありそうです。

まとめ

Googleマップへの供給がなくなったことで、現在のゼンリンの地図の品質が相対的に高いことが話題となりました。Googleへの供給がなくなったことは売上高へのインパクトは少なくはなさそうですが、10%未満ではあります。

ゼンリンのバリュードライバーは、売上高利益率で、販管費率はROICがピーク時よりも低い水準にまで高められているので、今後は原価率の低減、特に固定費の削減が鍵と言えそうです。

現在の事業環境下では、地図情報の重要性は高まっており、地図情報に自動車メーカーが注力することは非効率であることからゼンリンの優位は変わらなそうです。しかし、事業環境の変化でカーナビゲーション自体の地位低下やGoogleなどによるよりシステマチックな原価率が低減された地図情報の販売などがなされた場合などが驚異となり得そうです。

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