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「夢」を持てない子供と家庭環境

初めまして。田中裕貴(タナカヒロキ)と申します。本題に入る前に少し自分の過去を書かせてください。

僕は東京都の府中で生まれ生まれて間もなく千葉県の松戸市に引越しその後現在もずっと松戸市で生活をしています。

小学校に上がると親が離婚しました。当時母親は50歳、仕事は飲食店のパートをしていて、生まれて間もなく引っ越していた家はそれはもうボロボロでした。半分ボケた祖母と母親との3人で暮らしていました。

ある日、小学校から帰ってくると玄関のドアが開きませんでした。あれ?と思ってインターホンを鳴らすと横のベランダの窓から母親が出てきて「玄関開かなくなっちゃった」と一言言われ、どうやら鍵が中で折れてしまったらしい。そこから小学校4年生になり、近くの家に引っ越すまでずっとベランダから出入りをしていました。

どうやら僕の家は貧乏らしい、小学生の頃そう気づきました。ご飯はほとんど母親がもらってきた仕事先のお惣菜。それでも欲しいものやゲームを親は買ってくれた。今考えれば相当無理をしていたんだろうと思います。
仕事先から総菜をもらえなかった時はよく知らないおじさんと3人でファミレスに連れていってもらっていましたが、毎回このおじさんは誰なんだろう。と思っていました。

中学3年生になったときに母親に年収を聞いた時があるがあの時の驚きは今でも忘れられません。「年収?大体80万円くらい」と言われ、生活保護より低いことを知った僕は中学3年の時にそれでもごく普通に学校に通えていることに感謝しました。

高校に上がり徐々に社会にでるまでのタイムリミットが迫ってくると周りの友達と自分の夢について考えることが多くなりました。当時の僕は夢が本当に何も語れず、なりたい自分も未来への希望も「社会」も知りませんでした、だからとりあえず学校の先生になろう!と思い、高校生の時バレーボールで関東大会に出ていたことや成績も優秀だったことからその年から始まった「給付型奨学金」も受け取ることができたので都内の大学に奨学金と自分のお金を使ってなんとか進学しました。

大学に入り学校の教員になるために資格を取るための授業を履修しましたが、内容は教育とはどんな人が作ったのか、教育の定義とは何か?そんな内容の授業は正直どうでもよく。そこで僕は「本当に教員になりたいのか?」と考えるようなった、このまま教員になったら絶対に後悔するそう強く感じた僕は「起業したい!」そう考えるようになったわけではありません。

元々母親がパートでそのほかの大人とはあまり関わってきてこなかった僕は「社会人」というものがどんなものか何も知らなかった、だから僕には「学校の先生」という社会人しか知らなかったのです。

自分の話はそろそろここまでにして、結局何が言いたいのかというと、今日本では貧富の差がどんどん広がっていますがそれが最も影響するのが子供の環境です。劣悪な教育環境に生まれた子供たちの中にはリストカットなどの自傷行為や自己肯定感の欠乏など様々な問題を抱えています。

「夢」がないこどもたちと貧困

 近年実は早い段階から夢を持つ子供の割合が増えてきました。しかし貧困家庭に育った子供はどうかというと、2014年の『大阪子ども調査』の報告によれば小学生で「将来の夢がない」と答えた子どもの割合は、貧困層が24%に対し非貧困層は18%、中学生では貧困層が44%に対し、非貧困層は38%とわずかではありますが経済的家庭環境が厳しい子供のほうが夢を持つことが難しい社会であることが言えます。

なぜ経済的に厳しい家庭環境で育った子供は夢を持つことができないのか、もちろんいろいろな問題があることは確かですが、決してデータではわからない現実があります。

貧困家庭の子供たちの中には居場所がない子供や相談できる大人が周りにいない子供がたくさんいます。その子たちはどこで夢を発見できるのかないい興味を持つのか、それは「かっこいい大人」です。
ついこの間、千葉県松戸市を中心に「こども食堂」を運営、支援している「松戸子ども食堂の会」代表である高橋亮さんにお聞きしたところ、ある時子ども食堂にやってきた方と名刺交換をした時そのビジネスシーンをみて「かっこいい!私もやりたい!」と言い出し、手書きで作った名刺をそのサラリーマンにわたし交換をしていたそうです。子どもは多くのことを見て経験し、成長しますがその何かのタイミングで「なりたい自分」を見つけます。「仕事をしているお父さんがかっこいい」「テレビに出ていたサッカー選手がかっこいい」「ブラックジャックがかっこいい」「お花が好き」「ヒカキンが好きで」などなどいろいろなタイミングで夢を持ちます。しかし貧困家庭ではそのタイミングがなかなかないのです。
高校を卒業するまで親と学校の先生以外の大人を知らない、テレビを満足に見れない。例えば本来プロゲーマーの素質がある子供もゲームを触ったことがなければプロゲーマーになろうとは思いません。

その子供たちが夢を見つける機会を大人が奪ってしまってはいけないのです。

原因はどこにあるのか

もちろん多くの原因がありますが僕が強調したいのは原因はもちろん大人にあり社会にあるということ、今社会にかっこいい大人はどれだけいるだろうか?自分の将来に志を持ち、やりたいことに打ち込む、できそうになくても挑戦するそんな希望に満ちた大人が周りにどれだけいるのか、

たまに朝の電車で家に帰ることがある。朝、最寄駅のホームから改札に向かい早朝の出勤のために多くのサラリーマンが歩いてくる方向とは逆方面に家まで歩いて行くと、すれ違う多くのサラリーマンは下を向いて前から歩いてくる、その全身から滲み出るオーラは希望とはかけ離れていることが想像できるだろう。

その大人を見た子どもは何を思うだろうか、子どもは大人が思っている以上に敏感です。しかしそういった大人が増えてしまう原因を考えればそこには社会問題も含まれます。

とても難しい問題ではありますが、貧しい環境に育つ子どもの周りの大人、身近な大人がもっと社会に希望を持ち前を向いて歩ける姿を子どもが見れば簡単に言えば「かっこいい大人」が社会に増えればもっと多くの子供が夢を持つことができるのではないだろうか。
また貧困家庭の子供がもっとかっこいいおとなと関わる機会が増えれば少し変わってくるのかもしれない。そういった意味でも「子ども食堂」の存在はとても大きいと思う。

個人的にはこれからも子ども食堂に関わっていきたい。
最後まで読んでいただいたかたありがとうございます。もし共感していただければ感想やコメント、スキなどお願いします。これからもこのような問題について発信していきます。


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