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ハイエナが巣くう地方の闇と優しいカモ

2017年夏。僕はエストニア留学資金を稼ぐために地方の老舗温泉旅館に住み込みで働いていた。1日約11時間、週6で3ヶ月。朝は6時から僕は厨房に。そこには大手の求人サイトを通して応募しており、時給は900円くらいだったと思う。一日の労働時間が8時間を過ぎたらしっかりと手当が出ていた。

僕の少し前に入ったばかりの40歳位の男性がある日こう話してくれた。

「この旅館借金があるんだってよ。2億だぜ」

借金がある事、それ自体はそう珍しくもない。2億という額はどう捉えていいかわからなかったが、ぐぐると、旅館で借金が10億とか20億とかいう見出しがたくさん出てくるから、そんなにびっくりする額でもないのだろうと、そのときはただ「そういうものか。インバウンドも期待できない地方の旅館は厳しいのかもな」くらいに受け取っていた。

僕の仕事は厨房で朝ゴハンと夜ゴハンの準備を手伝うことである。お皿を並べ、料理を盛り付け、返却された皿を洗う。これが午前の部の内容でだいたい11時位に釈放される。午後は3時半から始まり、食材を切ったり、こさえたりと下準備、同じく皿だし、盛り付け、皿洗い、掃除。終わる夜の9時半頃には毎日クタクタであった。

ところでクタクタなのは僕だけではない。旅館が老舗なだけに、至るところにガタが来ていた。業務用冷蔵庫もその1つである。毎月修理の人が出入りしていた。

「本当は買い換えないといけないんだけどね。。。修理で直るうちはまだまだ現役だろう!はっはっは」と担当者は言う。

「何寝ぼけてんだか。ありゃあ、詐欺だよ」とその40歳位の男性はタバコを更かしながらつぶやいた。

その人は20代で自分のお店を立ち上げ、そこそこ起動に載せたんだけど飽きてしまい、後輩に店を譲った後は、3ヶ月働いては1ヶ月ワゴンで野宿みたいな暮らしをしていた。腕は確かなようで働き口には困らないのだそう。100人前の食材の切り方も、包丁の研ぎ方も、盛り付け方も全部その人から教わった。1日11時間、週6という過酷なスケジュールも、その人と仲良く慣れ、いろんなことを教わり、楽しかったから苦ではなかった、と振り返って思う。

「妙に確信的ですね。詐欺なんですか?」と煙に巻かれそうな話題を僕は掴みに行く。

「詐欺だな。間違いない。例えばだ、ネジを一本緩めて毎月何か故障を起こさせるということ、できないと思うか?ああいう古いタイプともなると扱っている業者も少ないから、うちはその修理者に依存していると見る。料金もまあ言われるままだろうな。具体的な金額は知らないが、一回5万円はくだらないだろう。

それでだ。気になってみたんで、調べてみたんだ。その修理会社。お前、ダウンタウンに向かう道に〇〇っていう道の駅みたいな市場あるの知ってるだろ?そこだった。そして、その市場の後ろ、たぶんそいつらの家だと思うが、今度見てみるといい。周りに似つかず、豪邸だったよ。

いいか。うちはそこそこ有名な旅館さ。少なくとも50人前、多くて200人前毎日仕込んでるだろ?それでも借金が2億。2億の借金があるってことは2億の借金を貸してくれるやつがいるってことだ。複数だろうがな。それだけ信頼があるってことだ。言い換えれば、衰退していく地方の中で潤沢な資金をよそから引っ張ってくれるいいお得意様、カモってことさ。」

飲食店.COMによればトップページの一番高い物でさえ、業務用冷蔵庫(冷凍機能付き)は35万円だ。だけど、79%Offと書いてある。定価は160万円らしい。担当者が見ているであろうカタログにはそうした7桁の数字のオンパレードが繰り広げられているのだろうか。

一介のバイト風情が大金が絡む闇に首を突っ込むのが嫌だったので、最終日まで持ち越し、最後にやんわりと社長に伝えた。

「商売ってのは回りに回っているものだから、うちがもっている間はそれでもいいんだよ」と言っていた。

「これで、地元の美味しいものでも食べて帰りなさい。お疲れ様。ありがとう」と5000円握りしめてくれた。


うまくすすえなかった、10割そば天ぷら添。
つゆが薄いと感じたのは、わさびのせいに違いない。

コーヒーをご馳走してください! ありがとうございます!