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【建築】スッパリ切られた台中国家歌劇院(伊東 豊雄)

台中市。人口280万人の台湾第2の都市である。しかし台湾を訪れたことがある人でも、台中市のことはあまり知らない人も多いのではないだろうか? 少なくとも私はそうだ。「観光名所は何があるの?」というレベルだが、実は2016年に建築ファンには注目のスポットがオープンした。

台中国家歌劇院

その名の通りオペラシアター、中劇場、小劇場を備えたホールである。設計はプリツカー賞受賞歴もある伊東豊雄さん。伊東さんは建築家として独立した頃から注目されていたが、特にせんだいメディアテーク以降、世界的にも注目される建築家の一人となった。

せんだいメディアテークは、建築の常識に挑戦した建物でもあった。この建物には柱や梁がなく、その代わりに、階段・エレベータ・設備配管という機能を兼ねたチューブと呼ばれる細い鉄骨の集合体によって各フロアの床を支えている。コレはとても画期的な発想であり、この建築を一目見ようと、今も世界中の建築ファンが訪れている。


それから15年。伊東さんは台中国家歌劇院で再び建築の常識に挑戦した。




台中国家歌劇院は台中駅のある旧市街から北西に6kmの地区にある。


一般的に”建築”というものはその場所の歴史や景観に配慮する必要があるが、周辺は新市庁舎や高層マンションなどが立ち並ぶ再開発エリアで、世界のどこにでもある個性の乏しい街並みとも言える。その中で台中国家歌劇院は異彩を放っていた。


ファサードには建築に対する新しい挑戦が既に垣間見えている。


それは”カテノイド”と名付けられた工法。鉄筋コンクリート造だが、垂直・水平の構造ではなく、曲面の壁で構成されているのだ。

ガラスとグレーの壁面を縁取りしている白い線がその構造となるコンクリート。盃のように、あるいは縄文時代の土偶のようにも見える。これを”壺中居”と名付けた伊東さんによれば、「良酒に酔いしれるように舞台芸術に心酔すること」を象徴しているとのこと。


また壁の不規則な円形窓は「自然界の生物が命の営みに必要な太陽光、空気、水を取り入れる気孔=呼吸」を模しているらしい。建築家らしい表現だが、私にはそこまで読み取れない…。


それはさておき、館内に入ろう。


1階は柔らかいカーブが横に広がる広間のようなエントランスロビーとなっている。柱がないので奥まで見通しが良い。

"音の洞窟(Sound Cave)"というコンセプトがあるが、白く塗られた仕上がりはとても滑らかで、少なくともゴツゴツした本物の洞窟のようなイメージはない。

しかも数フロアを貫く吹き抜けから自然光が入るので、とても明るい。

小さな水路もある。


それにしてもコンクリートの鉄筋や型枠を組むのは大変だったろう。何しろ真っ直ぐではないし、曲面の度合も全て異なるので、ほぼ手作り同然となる。普通の四角い構造に、ハリボテのように表面だけを装飾したのではないのだ。


何故このような工法を採用したのだろうか?

それは"クラインの壺"のような裏表の区別を持たない建築、「内部と外部が自然につながるような建築を作りたい」という狙いがあったからだ。つまり「街中でふと聴こえてくる音楽に誘われてみたら、気付けば音楽ホールでの演奏に耳を傾けていた」というイメージだ。これは伊東さんがポルトガルの広場で遭遇したストリート・コンサートに着想を得ている。


2階は劇場のホワイエとなっている。1階とは対照的に天井が高く、赤絨毯やドレープが重厚な雰囲気を醸し出している。こちらはかなり洞窟らしい空間で、神殿のようでもある。天窓からの光も美しい。

家具のデザインは伊東さんとは名コンビの藤江和子さんによる。


先程の外壁の円形窓は"呼吸"しているようには見えないが(←個人の見解)、ホワイエに適度な明るさをもたらし、のっぺりした壁のアクセントにはなっている。

この窓、伊東建築では、まつもと市民芸術館や座・高円寺でお馴染みだ。


階段への出入口。この建物でしかありえない形状で面白い。ここを潜ると、

エントランスロビーに光を落とし込んでいる吹き抜けに出る。この階段で5階のショップまで上ってみた。(もちろんエレベータもある)


5階にはショップやレストランがある。

この階は曲線の度合が程良く、より感覚的にカテノイドの空間を体感出来る。

床も微妙に斜めの箇所がある。


カテノイドの構造は屋上庭園にも飛び出している。実際にはこの中に設備機械が納められているが、フジツボや貝などの海底生物のように、建物が"呼吸"するための口のように見えなくもない。


再び屋外に出て、ぐるっと一周。こちらは裏側。特に5階から屋上にかけてのコーナーの仕上げはすごい。(工事大変そう…)


片隅には小さな野外劇場もあった。奥のドアは小劇場のステージと繋がっているそうだ。演出によっては面白いことが出来るかも。


さて、カテノイドを採用したそもそもの狙いである「内部と外部が自然につながるような建築を作りたい」ということについてはどうだったろうか?
個人的意見ではあるが、残念ながらそれを感じることはできなかった。

理由は2つ。

まず1つは、当然のことではあるけど、内部と外部の境界は壁・ガラス・ドアで仕切らざるを得ない。しかしその時点で外部は外部、内部は内部になってしまう。
建築家の中には「内部と外部を曖昧にする」ことを目指している方もいて、そういう空間も無きにしもあらずだが、現実にセキュリティや気候のことを考えると、物理的な仕切りは必要になる。建築の永遠の課題だ。


もう1つは、内部の洞窟のような曲線の造形が、外部ではスパッと切られていることだ。まるで内部からの流れを断ち切るように。カットしたロールケーキの断面とでも言おうか。

コレでは音楽が聴こえてきても、自然に中へと導かれるのは難しい。(いや、簡単な問題でないことは分かってます…)


ロビーの水路が外部とつながっているが、やはりプッツリ感はある。


この"スパッとカット"は、実は伊東建築の特徴でもある。せんだいメディアテークもそうだし、ぎふメディアコスモスや多摩美術大学図書館もそう。


伊東さんはどちらかと言えば内部空間から考えていく人で、フランク・ゲーリーとか隈研吾さんほどフォトジェニックなファサードをつくることにあまりこだわりがないように思える。(台中も充分フォトジェニックではあるが)


ちなみにこれは批判ではない。
劇場建築というと巨大になりがちで、実際この建物も小さくはないが、この曲線をベースとしたデザインと自然光を多く取り入れた空間は開放的で、館内を探索するのもワクワクさせてくれた建築だった。コンセプトは異なるが、開放的という意味では、オスロ・オペラハウスを思い出した。


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