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【建築】建築と自然が最高に調和した落水荘(フランク・ロイド・ライト)

その建築家は9ヶ月前に別荘の設計の依頼を受けていた。現地も何度か視察し、測量図も作らせていた。
ある日、依頼主から「今からそちらの事務所に行くので、基本プランを見せてもらえませんか?」と電話があった。それに対し建築家は「もちろん図面は用意しています。お待ちしています」と答えた。傍にいた所員は青ざめた。なぜなら図面など1枚も描いてなかったからだ。
しかし建築家は慌てることなく製図板に向かい始めた。そして既に頭の中には出来上がっていたであろうプランを、依頼主が到着するまでの数時間で描き上げた。図面のタイトルにはこう書き加えた。
Fallingwater と。


Fallingwater

なんと美しい名前だろう!
落水荘
直訳なのに、漢字も読み方も美しい!




フランク・ロイド・ライトの最高傑作との評価もある落水荘は、1936年にペンシルベニア州ピッツバーグのデパート経営者であるエドガー・J・カウフマンの週末の別荘としてつくられた。

ピッツバーグは鉄鋼業を中心として1960年代まで発展してきた都市だ。落水荘が建てられた1930年代は正に鉄鋼業が盛んであったが、同時に大気汚染の問題も抱えていた。そうした中、都市から離れた地に別荘をつくるということは理想的であった。(セレブだから出来たことでもある)


その地はピッツバーグの南東約100kmのMill Runにある。
周辺には美しい森が広がり、川が流れ、キャンプ、ハイキング、カヤック、釣り、野生動物観察などのレクリエーションにはもってこいのエリアである。


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そんな環境の中にある落水荘は今や人気の観光スポットだ。ビジターセンターにはカフェやショップもある。

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見学はガイド付きのツアーが原則となる。

ビジターセンターを出発してしばらくは森の中を歩く。春先のこの時期、木々はまだ葉を落としたままであった。

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やがて川を隔てて、水平が強調された建築が見え隠れしてきた。

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ライトは建築と自然の調和をコンセプトにこの住宅を設計した。そのためテラスには明るい黄土色を、窓やドアの枠にはチェロキーレッドを、壁や床は周辺から切り出した石で仕上げて、使う色の種類を最小限に抑えている。

そしていきなりだがココが見せ場の一つだ。
このテラスと居間はキャンティレバーと呼ばれる片側だけで支持する構造を採用している。これによりテラスを浮かせたように見せているのだ。しかし建築的にはかなりの荷重がかかっている。

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一般的な住宅と異なり、玄関は川を渡った裏手にある。

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車路に沿って進むとパーゴラ(日陰棚)があり、その脇に玄関がある。

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目立たず、しかも小さい。あえて狭い空間をつくり、そこから続く"その後の空間"を広く見せるのはライト建築の特徴である。

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"その後の空間"がこの居間。確かに広く感じたが、これは実際に広い。なにしろ150平米以上もある。この居間だけで我が家より広い...。

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しかし天井は低い。もう少し開放感があっても良さそうだが、これも意識せずとも窓の向こうの緑の森に視線が向くようにするための仕掛けだったのだ。

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家具はなんとなく日本らしさも感じさせる。
床はランダムに石を敷き詰めている。と、簡単に書いたが、工事の時には石の大きさや高さを調整するのは大変だったらしい。

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片隅にはダイニングと暖炉がある。ライト建築では、家族の団らんにおいて重要な役割を果たす暖炉を家の中心に配置することが多かった。左の赤いボールは飲み物を温めるためのウォーマーだが、ほとんど使われなかったようだ。

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暖炉の前にはむき出しの岩が見える。
カウフマンは落水荘を建てる前からこの土地を所有しており、夏には家族で川遊びをしながらこの岩の上で日光浴をしていたそうだ。ライトはその話を聞き、あえて岩をそのまま残した。

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これが外から見た岩。壁に食い込んだ岩は建物を支える基礎にもなっている。

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居間からテラスに出られる。

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テラスの床にも石を敷き詰めている。居間と同じ仕上げとすることで、室内と屋外の境界を曖昧するという狙いがある。

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このテラスには、居間を経由せずとも玄関横からも出入りできる。(右に写る上階のテラスに続く階段も美しいデザインで、私のお気に入りである)

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居間には直接川に下りられる階段がある。ガラス扉を開け放てば、家の中に自然を取り込んだ感覚になるだろう。

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外から見たその階段。川の右には小さなプールもあるが、必要かしら?

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反対側のテラスからは滝を見下ろすことができる。
雪解けのためか水量も豊富で、水の流れ落ちる音が響き渡る。この落水荘を訪れた安藤忠雄さんは、こうした"自然の音"にも魅力を感じたそうだ。

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テラスから2階と3階を見上げる。
石積みされた真ん中の壁は暖炉の煙突であると同時に、垂直方向の荷重を支えるコアとしての役割も果たしている。またデザイン面では、全体的に"水平"が強調されているこの建物において、"垂直"というアクセントにもなっている。

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2階のこの部屋は主寝室。居間と同様、床は室内とテラスで同じ仕上げだ。なので一体的につながっているように見える。

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この部屋にも暖炉がある。

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このデスクは良い! 森に囲まれて日光を浴びながらの読書は快適そう。もちろん何もせず、ただ森を眺めてボーッとするだけでもいい。

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バスルームはテラスから丸見えなので、プランターを置いて目隠しとしている。

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テラスに出て建物を振り返る。

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同じくテラスから。
本当に川(滝)の真上に建てられていることが実感できる。

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隣にあるゲスト用の寝室。少し狭いが居心地は良さそう。

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カウフマン氏の書斎。
直角の窓は両側に開き、窓枠が視界の邪魔にならないようになっている。建築家らしい凝り方だ。

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この書斎からもまた別のテラスに出られる。
手すりがユニークな階段を使って3階へ。(もちろん内部にも階段はある)

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3階はカウフマンJr.の書斎。
ちなみにカウフマンJr.がライトの建築学校(Taliesin Fellowship)で学んでいた縁で、カウフマン氏とライトが知り合うこととなった。

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この部屋にも暖炉。

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こちらの窓も直角の両開き。さらにその横の縦長の窓も開くようになっており、それに合わせて机が1/4の円形にカットされている。

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廊下に出て、突き当たりがベッドルーム。
左側の本棚のところには2階につながる階段がある。

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ここで注目してほしいのが石壁とその右のガラスが接する部分。窓枠なしで、石壁に直接ガラスを突きつけている。他の部屋でも確認できるが、これも建築家のこだわり。何のためかって? その方がスッキリ綺麗に見えるでしょう?

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3階のテラス。

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ここまでご覧になって疑問に思われたことがあるだろう。
居間を除けば、ベッドルームも書斎もあまり広くない。天井も低い。しかしどの部屋にも広いテラスが付いている。つまり「部屋に閉じこもっていないで、テラスや屋外という自然の中で過ごせ!」という建築家のメッセージなのだ。(多分)

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少々長くなってしまったが、もう少しだけお付き合い願いたい。


本館の奥にはゲストハウスがある。

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ゲストハウスには冒頭のパーゴラの車路を進むと行けるが、本館2階と渡り廊下でも結ばれている。この渡り廊下がまた凝っている。

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2階から渡り廊下に出ると、

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緩かにカーブしながら段々に折り上げた屋根付きの階段が続く。この屋根もまた片側だけの柱で支えている。

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階段を上がると、ここでもパーゴラが出迎えてくれる。

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パーゴラの突き当たりには小さなプール。

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どこか和の要素を思わせる木製格子の向こう側に暖炉付きの居間がある。冬はかなり寒くなるので、ここでも暖炉は欠かせないのだろう。

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眺望はイマイチで川も滝も見えないが、その分静かに過ごせる。

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天井付近には通気用の窓があり、風通しは悪くない。

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ゲストのための寝室。本館に比べて広くて静かなので、カウフマン夫人はこちらの寝室を使うことが多かったとか。

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これにて見学は終了。


ビジターセンターに戻る途中に本館裏のパーゴラを通るが、そこで写真を1枚。黄土色に化粧されているが、張り出したテラスを支えるための3本の梁が岩盤にガッチリと組み込まれていることがお分かり頂けると思う。
この小さなテラスを支えるだけでもコレなのだ。メインのテラスや居間を支えるのはどんなに大変だったことだろう。

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ツアーの最後には定番の写真を撮ることが出来るポイントに案内される。
撮影場所はココしかないので、誰が撮っても同じアングルになる。落水荘の写真が全て同じ構図になっているのはそのためだ。

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落水荘は、1955年にカウフマン氏が亡くなった後もしばらくはカウフマンJr.が別荘としていたが、1963年、この建物が後々までキチンと保護されるよう西ペンシルベニア州保存委員会に寄贈した。1981年にはビジターセンターも整備され、現在は世界中から観光客が訪れている。


ところでこの建築を名作たらしめているのは、最初にも書いたようにキャンティレバーによりテラスや居間を支えているからだ。この工法によりテラスが浮いているようにも見え、周囲の自然と相まって、他では見られない景観をつくっている。
ただし実際には少々無理があったようで、竣工直後からテラスが少しずつ傾き始めたので、2002年に大規模な修復・補強工事が行われ傾きが是正された。


もう一つ重要なことはこの滝の見え方だ。
このような場所に家を建てる場合、普通は滝を眺められるように望むだろう。カウフマン氏もそう望んだが、ライトは滝の上につくることにこだわり、「滝と共に暮らす」よう勧めた。もし滝が眺められる場所に建てられていたら、これほど名作と呼ばれる建築になったであろうか?




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