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【建築】空を見ながら故人を偲ぶセレモニーホールCrematorium Polderbos(OFFICE KGDVS)

ブリュッセルから北東へ120km、海辺の町オーステンデ。その郊外の干拓地の一画、かつてのレンガ工場の敷地にセレモニーホールがある。

そう、今回の建築探訪はセレモニーホール、つまり葬儀場だ。
以前も書いたが、近年は日本でも海外でも"建築家"がセレモニーホールを設計することは珍しくない。そして建築ファンは罰当たりにもそういった建築も訪れる。もちろん私もその一人。

しかし通常セレモニーホールは突然訪れても見学は出来ないだろうし、先方にも迷惑をかけてしまう。そこで事前に建築見学したい旨を連絡すると、快く受け入れてくれた。



オーステンデ駅からタクシーに乗ること10分。
道路から敷地を隔てた奥に建物が見えた。


周辺の環境に溶け込むようなデザインで、低く抑えられた建物はランドスケープの一部となっているようにも見える。


傾斜した屋根と柱が印象的だ。
屋根には台形やドームのような塊が飛び出している。


設計はOFFICE Kersten Geers David Van Severen(OFFICE KGDVS)。2002年にKersten GeersとDavid Van Severenによって設立されたベルギー・ブリュッセルを拠点とする建築事務所である。
正直に言えば、今回この建築を訪れるまでOFFICE KGDVSのことは知らなかった。私の周りの建築関係者からも名前を聞いたことはないし、検索しても日本語ページはあまり表示されない。(ただし建築雑誌「a+u」で特集されたことはある)


言うもまでなくセレモニーホールは故人に別れを告げる場所である。そこには出来るだけ穏やかに、かつ利用者が落ち着ける空間であることが求められる。
そのためにOFFICE KGDVSはこの建物のあちこちに工夫を施した。

例えば構造は鉄筋コンクリートだが、表面は木目模様に仕上げている。


ファサードの一部は穴の開いた波形アルミニウム板で覆われているが、ここにも工夫が見られる。(その紹介はもう少し後で)

近づいても中は見えない。


建物に入ると、ホワイエが横長に広がる。天窓と両サイドのガラス壁からの自然光で満たされた明るい空間だ。
色遣いとしても、黄色と紺色の対比が面白い。この2色は補色の関係にある。


ガラス壁の外側にはパンチングメタルの壁がある。パンチングメタルは外から中は見えないが、中からは外の景色が見える。さらにはある程度光がカットされることにより、室内は柔らかい光で満たされることになる。


ホールに面して一定の間隔で設けれらた紺色のパネルは、ドアではなくデザインを兼ねたベンチ。


反対側の黄色いパネルは、葬儀が行われるホールやトイレのドアとなっている。



ホールは大ホールと小ホールがある。

まずは大ホールから見学。最大で270名を収容できる。


ホールは柔らかい温かみのある白を基調とした空間。
2つのホールで同時にセレモニーが行われる場合を想定して、内装や家具には吸音性に優れた建材を使用しており、防音にも対応しているそうだ。


しかし特徴は大きく設けられた天窓。この建築のハイライトだ。


葬儀が行われる部屋からこうして"空"が見えるというのは、他の施設ではあまり見られないかもしれない。


この開口部も吸音材でコーティングされている。


椅子はこの建築のためにつくられた合板のベンチ。考えてみれば、日本のセレモニーホールでは折り畳みのパイプ椅子も多い。その意味ではセレモニーホールの家具はまだいろんな工夫の余地があるのかもしれない。


ホールには写真や映像を流せるディスプレイも備えている。またストリーミング配信にも対応している。つまりオンラインでセレモニーに参加可能なのだ。
同じベルギーにあるRCRアルキテクタスの設計によるHofheideでもそうだったが、最近はこれが主流なのだろうか?


ディスプレイの壁の裏には小さな家族スペースがある。
一般的に家族スペースは小部屋が多いが、簡易に仕切られただけのセミオープンな空間とは珍しい。


もう一つの小ホールは170名まで対応。
天窓の形が大ホールとは少し異なり半円形。

いや、半円形というより弦月げんげつ (半月)をイメージさせる。


ここでも黄色いパネルがデザイン的に効いている。


コンクリートの壁の模様にも注目。決して仕上げが汚いわけではない。


このホールもディスプレイ壁裏は家族スペースになっている。閉じられた部屋よりも外の風景を感じる方が落ち着くかもしれない。



ちなみに2つのホールは、背面の可動壁を動かすことにより、一体的なホールとして使用することも出来るそうだ。


なおこの施設はセレモニースペースだけでなく火葬設備も備えている。実際に見学させてもらったが、タッチパネル操作の最新の巨大なボイラーといった印象だった。ただしさすがに写真を撮るの憚られた。



見学を終えての印象は「自然光を直接的に感じる建築」「外に対して優しく開いている建築」だった。


同じように周辺を美しく整備しながらも外に対してほぼ閉じていた同じベルギーのHofheideとは対照的だった。


もちろんどちらが良い悪いというわけではないが、個人的にはHofheideの方が好きかもしれない。




このセレモニーホールは特定の宗教に依存せず、誰でも利用することが出来る。しかも葬儀だけでなく、講演、シンポジウム、コンサート等にも活用できるそうだ。冒頭にも書いたように最近は建築家によるセレモニーホールも増えているが、そんな施設でもコンサートまでは行わないだろう。


でもそういった公民館のような(セレモニーホールベースの)多目的の施設があっても面白いかもしれないね。





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