【建築】圧倒的かつエレガントなイェール大学英国美術研究センター(ルイス・カーン)
旅行というものは時間が限られてしまう。なので行きたい場所があっても、どうしても都合が付かないことがある。海外旅行では特にそうだ。
2014年、イェール大学を訪れた。もちろん勉学のためではなく建築を見るためだ。趣のあるキャンパスやエーロ・サーリネン、Skidmore, Owings & Merrillなどの現代建築を堪能したものの、目的の一つである英国美術研究センターは残念ながら休館日だった。
ということでその5年後、アメリカ東海岸の旅行中に再訪のチャンスが訪れた時には、この建築に焦点を合わせてバッチリ日程を調整した。
イェール大学は、ニューヨークとボストンの中間、コネチカット州ニューヘイブンの街にある。ニューヨークからは電車で2時間程で行ける。
ニューヘイブンの人口は10万人を超えるが、鉄道利用者の少ないアメリカらしく、そのユニオン駅はガランとしていた。
駅から早速イェール大学に向かったが、その前にまずラーメンで腹ごしらえ。海外旅行でも日本食が恋しくなることはない私であるが、大学前にあまりに本格的なラーメン屋があり、思わず入ってしまったのだ。日本と全く同じで、美味しいラーメン(とビール)だった。
さてイェール大学は、アメリカ東部のアイビー・リーグにも所属する歴史ある名門大学だが、アカデミックな雰囲気漂うキャンパスには現代建築が点在している。
英国美術研究センターもその一つ。英国以外で、最も充実した英国美術のコレクションや研究を行なっている施設である。
美術館は、卒業生である資産家ポール・メロン氏から英国美術作品、建設・運営資金などの寄付を受けて、1977年にオープンした。建築家を選ぶにあたっては、コレクションの展示や収蔵に最適な環境を作ることが出来るかどうかが重要視され、その結果、ルイス・カーンが選ばれた。後にこの建築はカーンの晩年の作品としても知られるようになったが、完成したのは彼の死後である。
ここから先を読む前に、時間がある方は、同じくルイス・カーンが設計したフィリップス・エクセター・アカデミー図書館の記事を読んで頂くと分かりやすい。
キャンパスの一画に美術館はある。その外観はどちらかと言えば地味だ。余程の建築マニアでない限り、素通りしてしまうだろう。
コンクリートのフレームにモノトーンのステンレスパネルがはめ込まれている。所々に窓が設けられているものの、印象的には"堅さ"さえ感じてしまう。
一部の窓の内側には、木製と思われるルーバーがついていた。
しかし前述の記事をお読み頂いた方はお分かりになるだろうが、カーンの真価はファサードではなく、その内部空間にある。
大いに期待しながら、コレまた(カーンらしい)地味なドアから入ると...、
出たーっ! いきなり来たぜ! 光のアトリウムが!
彫刻も置かれているが、申し訳ないが、ほとんどそれは目に入らない。
ファサードと同じくコンクリートのフレームだが、そこにはめ込まれているのはホワイトオーク。外ではステンレスという金属を見せておいて、内部は対照的に木を使って、"柔らかさ"を演出している。
重厚感のあるトップライトからは自然光が降り注ぐ!
トラバーチンの白い床が明るさをさらに増幅する。
いや、もうこの時点で充分ご馳走様である。ラーメンも食べたし、もう帰ろうかというところだが、もちろんコレはプロローグに過ぎない。
とりあえず最上階の4階に上がることにする。
シンプルながら洗練された形状の照明器具がエレベーターホールを明るく照らす。だが気になるのは、その向こうにあるポッカリ顔を覗かせた階段だ。(さらにその奥にチラリと見える部屋も気になる)
ここはエレベーターではなく、階段で上がることにした。階段室の形状は丸型、それに対して四角形に折り返しながら階段を納めている。
以前も書いたが、カーンは階段などの普通の人があまり注目しないバックヤードのようなエリアでも、決してそのデザインに手を抜かない。この手すり、どうよ!(私はディテールというものに興味ないのだが、その私が思わず写真を撮ってしまうデザインだ)
階段室にも、人工的な照明の他に、天窓から光が入る。
こちらは4階のエレベーターホール。クドイが、こんな美しいエレベーターホールがあるだろうか?
もちろん展示室にも自然光は入る。建築家は、出来るだけ自然光の中で作品を鑑賞できるギャラリーをつくりあげた。
とはいえ絵画に自然光(紫外線)は大敵だ。その点は配慮され、紫外線フィルターや遮光板などを組み込み、出来るだけ作品に優しい環境としている。
先のアトリウムからも間接的な光が入る。長方形の開口から見えるアトリウムも"絵"のように見える。
このギャラリーも素晴らしい。壁がほとんど絵画で埋め尽くされている。美術館の狙いとしては、作品を一点ずつ鑑賞するのではなく、イギリス絵画に溺れてほしいとでも言っているようだ。
こちらは天窓のないフロア。普通に照明で鑑賞するようになっているが、
ルーバー付きの窓や、
アトリウムからの間接光など、複数の光の組合せで構成されている。
しかしこの建築探訪のクライマックスは最後にやってきた。
1階まで戻って、チラリと見えた奥の部屋に入ると...、
またやられた!
声も出ない圧倒的なレベルの空間である。イギリスの大邸宅の広間をイメージさせるアトリウムだ。(イギリスの大邸宅知らんけど)
展示という観点から見ると、ここでも一つの作品をじっくり鑑賞するというよりは、来訪者に英国美術の雰囲気を存分に味わってもらうことを目的としているのかもしれない。
実際、私もこのソファーに座って、しばらくこの世界に浸っていた。
見上げればトップライト。
そして反対方向に顔を向けると、存在感たっぷりのコンクリートの円筒形。
その正体は先ほどの階段室である。木(ホワイトオーク)とコンクリート。それを大胆に組み合わせて、居心地の良い空間をつくっている。
肝心の作品について言えば、私はアートに疎いし、特に英国美術はウィリアム・ターナーくらいしか知らない。もちろん彼の作品も収蔵されているが、他は知らない作品ばかりだった。勉強不足でゴメンナサイ。
ということで今度こそ本当にお腹いっぱいで、大満足になった。実は図書室や資料室も見学できるが、あまりに感動し過ぎて忘れてしまった。
この美術館、用途は全く異なるが、フィリップス・エクセター・アカデミー図書館と共通するものが多い。特別な材料や装飾を施している訳ではないが、その内部はとてもエレガントで威厳のある空間となっている。つまり「光」を巧みにデザインして居心地の良い空間をつくることこそがルイス・カーンの真骨頂である。カーンが最後の巨匠とも呼ばれる所以かも知れない。
ちなみにこの建築はカーンの遺作であるが、逆に処女作と言われるイエール大学アート・ギャラリー(1953年)が、この美術館の通りを挟んだ向かい側にある。もちろんこちらも見学しているが、その紹介はまた改めて。
最近「改めて紹介」と結んでいる記事が多いけど、ちゃんと後日紹介します。(いつとは言えないが...)
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