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「強くあろうとする若者たち 」小説4選①

今週は「若者/こども」がテーマです。もっと詳しく言うならば「いまだ大人にならざる者」とでもいえばよいでしょうか。自分の無力さを自覚し、そこから脱却しようとすること。思い通りにいかないことを目の当たりにしたときのやるせなさ。見たくないものから目を逸らして、それでも視界に入ってしまうもどかしさ。そういうモヤモヤしたもの全部変えていこうとする強い意志。

いま思い出すと気恥ずかしくなることも多い自分の青春時代ですが、若者をテーマにした、エネルギーをもらえる小説はたくさんあります。今回はそんな「若者/こども」をテーマにした小説の中から、次の4作をご紹介します。

1.村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」
2.J・D・サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」
3.米澤穂信「リカーシブル」
4.森見登美彦「ペンギン・ハイウェイ」

前編と後編に分けてご紹介します。前編の今週は、「コインロッカー・ベイビーズ」「ライ麦畑でつかまえて」の2作を取りあげます。「リカーシブル」「ペンギン・ハイウェイ」は来週の記事で紹介します。

村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」


前回の記事でも村上龍の作品をご紹介しました。「歌うクジラ」と同様、「コインロッカー・ベイビーズ」にも、周りにあるものをすべてなぎ倒していくようなエネルギッシュさが溢れています。

舞台は高度経済成長以後の日本。主人公のキクとハシという二人の少年は、コインロッカーに遺棄された孤児。二人は九州の炭鉱跡の島に育つが、ある日、ハシは母親を探すといって失踪する。ハシを追って東京に出たキクは、鰐を飼う少女アネモネと出会う。キクとアネモネは、小笠原諸島に眠る毒薬ダチュラの力で、自らの周りの一切を破壊することを望む。

文庫版裏表紙のあらすじには、「絶対の解放を希求する」とあります。いいですね、この言葉。私はこの表現が好きです。「絶対の解放を希求する」。晴れ渡った空のもと、茫漠とした大地を一人踏みしめるような清々しさがあります。鬱屈とした気分を吹き飛ばす破壊的衝動があります。

この作品では、キクやハシのような「若者」と、それを押さえつけ意のままにしようとする「大人」の対立がひとつのテーマになっています。

キクやハシは、思いのまま自由に生きていこうとしますが、彼らに関わる音楽プロデューサーのミスターDを筆頭に、彼らの出自を感動的なテレビ番組に仕立てあげようとするメディア、そしてそれを眺める社会が、キクやハシを抑圧します。やがてハシは発狂し、キクは殺人を犯して刑務所に服役します。

キクは、自らを取り巻くあらゆるものをコインロッカーの壁に見立て、その権力を完膚なきまでに破壊することを望みます。この、正体のよくわからないものを強烈に憎み、そこから自由になろうとする姿に、一切の欺瞞を拒絶し、本物の生を紡ごうとする「若者」の意思の力を見るのです。

J・D・サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」


この作品の名前を耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。「ライ麦畑でつかまえて」は、1950年代にアメリカで書かれた青春小説です。17歳の少年ホールデンが、通っていた学校を放校になり、ニューヨークで放浪した数日間の出来事を語るという体裁になっています。

ニューヨークでホールデンは、女の子とダンスしたり、ナイトクラブに行ったり、また別の女の子とデートしたりしますが、ことごとくうまくいきません。冴えない自分を直視できず、社会や周りの人間の欺瞞を内心で糾弾したりしても、そのごまかしが自分自身やるせなく、情けなく感じてしまう。その自己矛盾の苦しみやもどかしさを表現した点が、この小説の素晴らしい点だなあと感じます。

現実の自分と、自意識の像とのずれに直面し、なにかを取り繕いたくなったり、焦燥感に駆られたり、自分のことを許せなかったりする経験に、きっと寄り添ってくれる作品です。

いくつかの日本語訳があり、もっとも有名なのは野崎孝訳の「ライ麦畑でつかまえて」(1984年)でしょうか。それから、村上春樹の翻訳も「キャッチャー・イン・ザ・ライ」のタイトルで出版されており、これから読もうとする人はこのどちらかを選ぶだろうと思います。野崎訳は、いわば「普通の翻訳」になっており、サリンジャーの書いたことをできる限り忠実に伝えようとしています。欠点を挙げるとすれば、少し古いくさい雰囲気を感じることでしょうか。

それに対し、村上訳は、かなり村上春樹の色が出た翻訳になっています。文体も、語りかけるような雰囲気が強調された砕けたものになっていて、好ましいと捉える人もいれば、そうでない人もいる翻訳であると感じます。

何十年も読み継がれる、青春小説の白眉です。ぜひ読んでみてください。

後編へ続く…

来週は、米澤穂信「リカーシブル」と森見登美彦「ペンギン・ハイウェイ」をご紹介します!

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