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介護という道(小説)

ある日曜日の晩、今津りかは、
自分の日記兼ブログを見ていた。
明日は月曜なのに、友達との都合が
明日しかつかず、飲み会である。
 
早く寝よう、と思いながら、
りかはもう一度、ブログを見た。
 
楽しいことより、悲しいことや
つらいことのほうが多く書かれていた。
そして明るいブログよりも、
暗いブログのほうが
断然アクセス数が多い。


「人間って、人の不幸のほうが
知りたいんだろうな」

 
そう思いながら、りかは、
この数年を振り返る。
大好きだった彼氏との別れ、
その後、父の発病。

父は脳梗塞で倒れ、その後5年間、
不自由な生活を送り亡くなった。
倒れた直後はさすがに
りかは会社の休みを
とって病院に泊まり込んだ。
が、父の症状がこれ以上向上しないと
リハビリ病院から自宅に帰された後の
自宅介護には、週末くらいしか
付き合えなかった。
 
終身専業主婦の母が、
幼くてわがままで、
病気のせいで何もできなくなった
父に当たり散らし、
姉と二人で疲れ切ったものだ。
ぐったりと実家から帰って来て、
お酒を飲んで書いたブログなど、
さすがに恥ずかしくて、
翌朝、即削除した。
が、そういうブログほど、他人は
よく見ているものである。

 
自分だけの日記に
すればいいのだろうが、
やはり、りかはどこの誰でもいいから
自分のことを聞いてほしかったのだろう。

 
そのブログを前にして、
りかは考えている。

そして、おもむろに、5年に渡る
ブログを一気に削除した。

亡くなった父の声がしたような
気がしたのだ。

「りかも、もうそろそろ幸せに
ならないといかんよ」

厳しくもやさしい父の声に、
思わず涙があふれて、
りかは何度もうなずいた。

「うん、わかってるよ、お父さん、
りかも幸せになる」

翌朝、バタバタと仕事にでかけ、
週明けの業務に追われる。
いつものことだがうんざりだ。
 
今夜、飲みにいくのは、同じ会社で
ワンフロア違う悦子と、以前、
この会社にいたセイ。
 
悦子さんは既婚者で
穏やかなタイプで、
セイはりかより年下で、
しっかり者である。
なぜこの飲み会に至ったのか、
よくわからないが、
いつものセイの誘いにのった感じである。

セイも新しく勤め始めた会社のことを
しゃべりたいようだし、今のりかたちの
会社のことも知りたいようだった。

セイがちょっと遅れてくるということで、
りかと悦子は静かな飲む屋で、
メニューをみていた。

りかは、昨夜ブログ削除したことで
自分の過去が消えた感じがして、
ならば今夜はお通夜だな、
とぼんやり考えていた。

「りかちゃん、今後、
どうするか決めてるの?」

突然、悦子にそう聞かれ、驚いたが、
すぐに、派遣法が3年に
確定したことに気が付く。
 
今夜の三人は派遣社員仲間でもあるのだ。
昨夜やっと過去から
這い出してきたところなのに、
りかにはまだ先を考えるパワーはなかった。

「悦子さんは?」

そう聞いたものの、
彼女はダンナさんが
いるからそんなに深刻ではないかな、
とも思う。


「私はまだ何も。ま、3年後、
どうなってるかわかんないしね」

りかも、今の仕事が契約切れに
なったところで、
同じような職種を違う会社のシステムで
いちから習い直してやる気はなかった。

りかがそう言うと、悦子はうなずく。

「でも、セイちゃんなら、何て言うかな。
今だって全然違う職種に
飛び込んで行ったわけだし」

それもセイに会いたい理由の
ひとつだった。

「セイは、何もかも超越してるかもね」

二人が笑っているときに
セイがやってきた。

相変わらず賑やかに席に着くセイに、
りかは笑ってしまう。

「・・・セイ、元気すぎる」

「そーぉ?私だって大変なんだから」

三人の飲み会が始まった。

セイは、今までいた事務系の仕事から、
展示場などを開催するイベント会社に
転職した。
といっても、派遣社員としてなのだが、
こちらは、半年ほどの期間様子をみて、
お互いに合意すれば、社員になれるという、
紹介予定派遣である。


「でも、私、あの会社で社員は無理だわー。
もちろん、貴社もたとえ社員に
なれたとしてもお断りだけど」

 
セイは多少の憧れがあって入った業界だったが、
会社の雰囲気もあまりよくなくて、
次の契約更新時には、終了して、
また別の仕事を探すという。
セイは、りかと同じく30代で独身、
一人暮らしである。

「すごいねー、セイ、パワーあるねぇ」

りかの言葉にセイは、
ケロッと答える。

「モタモタしてる間に
人生終わっちゃうよ。だから、
やりたいことはすぐ実行するの」

悦子も苦笑しながらも
感心して聞いている。

「今の会社が合わないのに、
ますますパワフルに次探そうという
セイちゃんはすごい」

「うん、普通なら凹むかもね、
貴社にいたほうがよかったとか言って。
でもそれ、あり得ないから。
貴社で文句いいながら毎日
過ごしていた私より、
今の会社がイヤだな~と思ってる
私のほうがマシ。
で、次探そうと思っている自分が
大好き!」

りかと悦子は声を立てて
笑ってしまった。

酔いも回り、りかはいつの間にか、
昨夜のブログ削除のことや、
これからどうしようか、
といったことを二人に相談していた。

セイは、ブログ削除は大正解、
と言った。
悦子は、
「りかちゃんは面倒見がいいから、
なんかそういう職種がいいんじゃないかな」
と提案した。

「なんか今までにこれしたかったな~
とかないの?」と
セイは唐揚げをほおばりながら
尋ねてくる。

りかは、昨夜のことをふと思い出した。

「私ね、父の介護、全然できなかったの。
もう亡くなっちゃったから
父の介護はできないけど、
あの時、何か出来てたらなー、って。
それが後悔だな」


「今からでも遅くないよ!」と突然、
セイが言った。


「お父さんの介護できなかったのは
残念だけど、
お父さんが倒れてすぐ、
介護の仕事につこうなんて
無理だし、だいたい身内と他人は違って、
他人の介護ができても、
身内はつらいって人、多いんだよ」

「そうそう、身内は元気なときを
知ってるからね、
介護する人とされる人として
接するの難しいみたいよ」
悦子がそういうと、矢次早やに、
セイが続ける。

「今がチャンスじゃん、りか、
介護の仕事につくにしても
資格とらなきゃいけないし、
あと3年くらいかかるんじゃない?
そしたら、お父さんの介護を
できなかったっていう
後悔を吹き飛ばすためにも、
思い切ってその業界に
いってみればいいよ」

 
全く思いもしなかったことを、
セイと悦子に整理してもらって、
りかは目からうろこが落ちる
思いがした。

「ちょっと、トイレいってくる」

りかは、泣きそうになるのを堪えて、
トイレに駆け込んだ。

「お父さん、りかが介護の仕事についたら、
喜んでくれる?」

りかは、トイレの鏡にむかって、
つぶやいていた。
涙がポロポロこぼれてくる。
視界がぼやける。
その時、りかは、ここ数年、メガネを
かけたり外したりの生活だったことを
思い出した。
以前はコンタクトレンズなどで
おしゃれしていたのだが、
そんな余裕もなくなっていた。

翌週の土曜日、りかはさっそく
介護学校の見学に行って、
あっけなく社会人向けの通学コースに
申し込むことになる。

 
帰り、りかが久しぶりに
満たされた気分で
街を歩いていると、
コンタクトレンズのお店を見つけた。
りかは初めてカラーコンタクトを選んだ。

お店で、何色か試着しながら、
りかは、セイにメールした。

‘学校、申し込んじゃった^^;’

すると、店を出てすぐに、
セイから電話がかかってきた。


「すごいじゃん、りか、
いつになく、今回は速攻だね!」

りか以上に興奮している
セイが面白かった。

「私も、今日、りかが、
その学校見学に行くからと思って、
ネットで調べてたの!
いい学校だよ、卒業後も、
仕事と直結してるみたいだし。
で、土日通学するの?
え?平日の晩も?すごいなー、
私もなんか元気になってきた!」

「セイは、元々元気だよ」

「それはそうだけどさー、
りかの行動力見たら、
余計元気になった!
りかの天職を見つけた私って
すごくない?」

悦子さんもだけどね、と、
りかは苦笑した。

週明け、偶然会社の喫茶室で
出会った悦子は、りかを見て驚いた。

「なんか雰囲気変わった。
あ、カラコンしたんだ」


りかは、
「それもあるけど・・・」と
この週末の決意を悦子に話した。


「うわぁ、すごい、りかちゃん、やるね~。
でも、だからか」

悦子は穏やかに微笑みながら、
りかを見つめる。

「瞳の色と同じくらい、
りかちゃんの表情が変わった。
オーラが変わったよ」

悦子の言葉に、りかは、
「いいお友達のおかげです」
と微笑んだ。

 

                  了

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