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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 中編 14

 古里への帰り道は、相当険しいものであった。

 通常行き来するだけでも、生きて帰れる保証はない。

 野獣、山賊、餓え、病………………

 出発した当初は、帰ったら何をするんだ、あれをするんだ、嫁が別の男をつくってるかもしれんぞ、娘は俺の顔を忘れているかもしれん、などと冗談を交わしていたが、やがて口を利くのも億劫になり、あとは黙々と歩き続けた。

 それでも、あと少しで生まれた場所へと戻れる、愛する者たちと再会できるという気持ちだけが、黒万呂を勇気づけていた。

何日歩き続けたろうか?

 景色も変わらず、話すこともなくなり、流石に足だけなく身体中の筋肉がぱんぱんになったころ………………

―― ああ、もう駄目かもしれない、俺も斑鳩を見れずに死ぬのかな?

   最期にもう一度、父ちゃん、母ちゃんや弟のたちの顔を見たかったな………………

   八重女に会いたかったな………………八重女………………

 諦めかけたそのとき、

「見えたぞ! 塔や!」

 その言葉を聞いた瞬間、先ほどまでの疲れが嘘のように黒万呂は山道を駆けあがった。

 確かに、眼下には見覚えのある塔が聳え立っていた。

「帰ってきたぞぉ~!」

 弓削が叫んだ。

 それを機に、斑鳩の家人たちは山を駆け下りた。

 黒万呂も続いた。

 大伴の兵士たちも、我さきへと駆けていく。

「おい、待て、止まれ!」

 大津の命令も聞かずに、どんどん駆けていく。

「構わん、好きにさせろ」

 と、大国はそれを淡々と見ていた。

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