【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 49
「しかし、『貧乏公方』が、よくも五十貫ももっていたな」
「いや、ないんじゃないか?」
八郎の問いに、あっさりと答えた。
「じゃあ、どこから都合するつもりだ?」
「そりゃ、朝倉様だろう。朝倉様も、足利様から頼まれれば嫌とは言えまい。それに、銭に代わるものなら、その方が楽だしな」
「お前、初めからそれが狙いか?」
「まあな」
吉延や吉家を頼っても、なかなか銭は出してくれないだろう、義景も同じ。
が、義秋を通してなら義景も断れまい。
義秋も、ひとりでも家臣は多い方がいい。
利害が一致しただけの事。
というわけで、義秋の家臣になったといっても形だけ、碌の出どころは朝倉家からなので、いまだ山崎吉延の家臣でもあった。
「だが、それだけではない。ゆくゆくってこともある……」
「お前、本気で将軍を狙っているわけじゃあるまいな」
十兵衛は、あの嫌らしい笑みを覗かせる。
「お前なぁ……」
「まあ、そう言いなさんな。で、お前さんのほうは?」
「ん?」と、八郎は首を傾げる。
「お前さんが、ただでここに来るわけはあるまい? 何か知らせがあるのだろう?」
「知りたいか? では……」
八郎は、十兵衛に手を差し出す。
「出世払いだ!」
ぱんと手を弾くと、
「五十貫もらっただろうが」と、口を尖らせながらも、八郎は話し出した、「織田が稲葉山城に入ったぞ。『井の口』も『岐阜』と改めさせたらしい」
「矢張りか」
十兵衛は、さほど驚いていないようだ。
「この月には、楽市もやるらしい。商人仲間は、ひと儲けするんだとぞろぞろと集まっているぞ」
「うむ……、思ったよりも早いな。市を立てるのは来年あたりかと思ったが……」
「やつは動きが早い。俺らが思っているよりも、二つも三つも先をいっている。下手をすれば、朝倉もやられるぞ」
「ですよね……」
十兵衛は腕を組んで天井を見上げた。
「ということは、織田が攻めてくるということですか? 朝倉は? 越前はどうなるのですか? この村は?」
それまで黙って聞いていた源太郎が、慌てて口を開いた。
十兵衛は答えなかったが、八郎が、
「なくなるんじゃねぇか」
と、あっさり言った。
「そ、そんな……」
父は、いまにも泣き出しそうだ………………そんな父、見たことない ―― 「明智様……」と、すがるように見ている。
「んん……、まあ………………、何とかなるでしょう」
何とも心もとない。
「そんな悠著なことを。織田の狙いがどこにあるんかは分からん。だが、やつは、しきりに家臣たちに『天下布武』と激を飛ばしているらしいぞ」
「天下布武……」
「天下布武とは、如何様にございますか?」
弥平次は尋ねる。
「俺にも詳しいことは分からんが……」
「力によって天下を治めようということでしょうか。確かに、天下泰平の世ならば、聖人君子のように徳を持って治めることが一番でしょうが、このような乱世あれば武を持って治めなければならないでしょう。が、織田がどこまでを天下とし、どこまでを自らのお役とするかです。足利様の世を盤石にするために、天下を平定しようとしているのか、それとも自ら将軍となりて天下に号令をかけるのか……」
「いずれにせよ、朝倉ではもたんよ。いっそお前も織田に仕えたらいいんじゃないか?」
「織田か……」、十兵衛は首を傾げる。
「なんだ、嫌か? またお得意の選り好みか?」
「うむ……、織田ねぇ……」、十兵衛は弥平次を見る、「そなたはどう思う? 織田に付くか?」
「拙者としては、主家斎藤氏を滅ぼされた身、仇に仕える気は毛頭ござらぬ。が、いまの主人はそなただ。そなたが織田に仕えるというのならば、聊か不本意ではあるが、従おう」
弥平次は、しっかりと答えた
「相変わらず義理堅いやつめ」、八郎は十兵衛を見る、「あとは、お前の胸三寸だぞ」
「うむ……」と、十兵衛は権太を見た、「まあ……、拙者も山崎様や朝倉様に世話になっておるし、つい先日足利様に召し抱えてもらった身、当面は今ある駒を生かして動くしかあるまい」
それは、十兵衛がここに残る意味だと理解し、権太はほっとした。
源太郎も安堵しているようだ。
姉は………………表情はいたっていつもどおりだ、が、分かる、嬉しいのが、十兵衛を世話する仕草がいつも以上にしなやかになっている。
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