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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 中編 24

 大伴本家は鼻の先である。

 同じ大伴家でも、本家と傍流では雲泥の差があるのか、向こう側の兵士や家人は何ともツンケンとして話す隙もなく、弟成の件もあって、じりじりとした苛立たしい毎日を送っていた。

 が、降って湧いた本家のお屋敷警備である。

 筑紫行きは駄目だったが、本家詰めである。

 弟成との距離は遠のいたが、代わりに八重女との距離は近くなった。

 良しとしなければと、黒万呂は考え直した。

 本家警護の任に当たって数か月……相変わらず、本家と分家の格差は著しく、本家詰めになっても黒万呂は余所者扱いで、本家兵士たちや家人、奴婢たちと話す機会はなかったのだが、ひょんなことから奴の少年が大荷物を抱えて大変そうにしていたところを手伝ってやり、黒万呂がもと奴だと知って、その少年が酷く懐くようになった。

 頃合いを見て、黒万呂は少年に聞いてみた。

『婢の中に、八重女という女はいいへんか? 斑鳩寺から来た女や?』

 少年は首を捻った。

 翌日、少年は他の奴婢に聞いてきてくれた。

 いた………………そうだ。

 が、いまはいない。

 また、どこかへ売られたのか?

 それとも逃げ出したのか?

 それとも……亡くなったのか?

 黒万呂は尋ねてみたが、少年は首を傾げるばかりで要領を得ない。

 事情を知っている奴婢に合わせてくれないかというと、年老いた婢を紹介してくれた。

 本家の婢婆らしい。

 老婆は、初めは黒万呂のことを警戒していた。

『おったことは、おったが……』

 と、言葉を濁らせる。

 どうやら、八重女のことは口止めされているらしかった。

 自分は斑鳩寺の奴で、八重女の知り合いだ、色々世話になったので一度会ってお礼が言いたかった、などと適当なことを言って、何とか聞き出そうとした。

 すると、八重女と同郷というのが効いたにか、それとも奴という同じ身分の好でか、重たい口を開いてくれた。

『八重女はおらん、死んだ』

『死んだ? そな、あほな! 嘘や! 八重女が死ぬわけない!』

 大声だったので、老婆は眉を顰めた。

『声が大きい、他に聞こえたらどないする。八重女のことは誰にもしゃべるなと言われとるや。お前やから話とるんやで』

『すまん、すまん、悪かった。で、ほんまに八重女は死んだんけ?』

 弟成は行方知れず、父母はもういない、これで惚れた女まで亡くなったとなったら、お先真っ暗だ。

『ああ、八重女は確かにおったし、死んだ』

『そ、そんな……』

『だから、黙ってよく聞け! 死んだが、生きとる!』

 今度は黒万呂が、少年のように首を傾げる番だった。

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