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提出物と定期考査の得点の関係について

 通信制高校のサポート校・CAP高等学院を運営している佐藤裕幸です.高校生と社会の間にある(と勝手に思われている)様々な垣根を壊し,新しい学びのインフラを構築することをミッションにサポート校を始めて3年目になりました.また,「読者が選ぶビジネス書グランプリ2021」(https://business-book.jp/result)で総合グランプリを受賞した,『シン・ニホン』(安宅和人著)の認定公式アンバサダーをしていたり,教育系の出版社である増進堂・受験研究社の客員研究員をしています.昨年4月からは私立高校の非常勤講師で現場にも復帰しました.

 私立高校の非常勤講師として現場に復帰するにあたり,毎年自分なりにテーマをもって授業を担当しています.
 今年度のテーマは,
 ① 授業中にクラス全員対象の“教える”ことを目的とした板書はしない
 ② 強制的に提出を求める課題は出さない
の2つです.
 今回は②に関する内容について書いてみたいと思います.

課題未提出者が書かれた掲示物を見て…

 定期考査近くになると決まって掲示板に貼り出されるのが,「課題未提出者一覧」.正直言うと,僕も以前は課題提出にとても煩くて,単元が終わるたびに掲示板に貼り出し,提出できない生徒は生徒のところまで行き,「何故出せないんだぁ〜〜〜!」と怒りまくっていました.また,何故か他の教科の先生からも「佐藤先生,◯◯君と△△さんは何度言っても提出してくれないので,正直平常点つけられません.出すように佐藤先生からキツく言ってもらえませんか!」と言われることもありました.僕は一体どれだけ恐怖政治をしてきたのだろう…反省しかありません.

 しかし,ある瞬間にふと思ってしまったことがあります.

 「課題を強制することで生徒を数学嫌いにしていないか?」

・そもそも“課題”って,教員側が与えるものなのだろうか?
・教員側が与える“課題”って,誰をターゲットにし,何を“解決”しようと思って出しているのか?
・生徒が本当に感じている“課題解決”に教員が与えた課題は役に立っているのだろうか?
・教員側から出される“課題”は,生徒が“課題”を見つける機会を奪っていないだろうか?

 これらのことを本気で考えなくてはいけないと思ったのは,「夏休みの空いている時間に数学を見て欲しい」と声をかけてきたある生徒の一言です.

「数学の時間は,授業中にクラスの人たちと相談しながら授業も受けられるし,ワークの提出も強制的ではない.でも,●●(教科名)は授業も先生の話を一方的に聞くだけだし,提出物も多い.本当は夏休み中に自分がやりたい学習があるのに,課題でその時間もなかなか取れないです.」

 生徒の発言を受けてその教科の先生を否定しようと思っているわけではありません.僕自身も別な生徒には同じように思われている可能性もあるわけです.

 数学という科目は,どうしても苦手意識が強くなりやすいですし,生徒たちからははっきりと「嫌い!」と言われてしまうことさえあります.だからこそ,せめて学習するのをやめようと思われないようにすることはとても重要ですし,もし強制的にさせられる“課題”を止めることで,学習を止める可能性が低くなるのであれば,僕は積極的に止めることを選択しようと思いました.

年度の初めに授業の進め方を生徒に提示することから始める

 今年度の授業が始まるときに,各クラスで以下のことを伝えました.
「授業はGoogle Classroom を利用し,授業ごとの進度を明確にします.進む範囲に掲載されている問題を解答したら,写真を撮って提出してください.目安としての提出期限も決めておきます.ただし,提出しないことで平常点を減点するということではありませんし,期限内に提出していないから受け付けないということもありません.自分のペースで学ぶことを目的とします.
問題に取り組む際は,クラスの人たちと相談しながら進めてもいいですし,一人黙々と取り組んでも構いません.自力で解くのが難しいと感いる人もいるかもしれませんので,解説動画もClassroom に添付しておきます.もちろん絶対に見なくてはいけないというものではありません.YouTubeなどで他の動画を参照するのも全く問題ありません.
 最後に,“8 Weeks Challenge”という企画を実施します.これは成果を出す一つの方法として,アメリカのある大学が実際に行った実験で,「次の試験で結果を出した人にご褒美をあげる」というグループと「8週間頑張り続けた人たちにご褒美をあげる」というグループを作ったところ,後者のグループの方がより大きな成果を試験で出すことができたというものがありました.今回このチャレンジに成功した人には僕のおすすめのスイーツをご馳走します.」

授業で取り組んだ問題の提出と中間考査の得点の関係

 数学 Ⅰ の単元で「データの分析」があります.その中で散布図というグラフがあります.縦軸のデータと横軸のデータにどのような相関関係があるか?を視覚的に表したものです.
 今回,“8 Weeks Challenge”期間中にGoogle Classroom に提出してくれた回数の割合を横軸に,前期中間考査の得点を縦軸に取り,その相関関係を散布図にしてみました.

 どうですか?ほぼ提出ができていなくても70点以上の生徒はいますし,毎回提出している生徒でも半分程度の得点の場合もあるわけです.つまり…

課題の提出と得点には相関関係がない

ということです.
 ちなみに相関係数は,0.425.1に近いほど正の相関関係,つまり提出回数が多いほど得点が高いということになり,−1に近いほど負の相関関係,つまり提出回数が少ないほど得点が高いということになりますので,0.425 という数値は,相関関係があるとはっきり言える数値ではないことがわかるかと思います.

データを活かした生徒への提案

 今年度の授業のテーマとして
 ① 授業中にクラス全員を対象とした“教える”ことを目的とした板書はしない
も挙げていました.
 板書しながら教える授業は,どうしてもどこかの層をターゲットにして進めるので,その層以外の生徒たちにとっては,とても退屈になりがちです.すでに理解できている生徒にとっては,わざわざ聴く必要もないでしょうし,そこまで達していない生徒にとっては,内容が全く分からず,寝てしまうか他のことをするかになってしまいます.
 授業中は席も自由にして,時間内は自由に相談できます.グループで学んでもいいし,ひとりで黙々と取り組んでもいい.授業の最後に取り組んだ内容を提出してもらい,最後にアンケートに答えてもらう.
 僕は何をしているかというと,ひたすら教室内を見渡し,声がかかれば質問などを受ける感じです.
 この授業のスタイルの良いところは,クラスの生徒の理解度を個別に知ることができます.したがって,生徒に対する声がけも一人ひとり異なるものになるわけです.
 声がけの際,今回の散布図はとても役に立ちます.例えば,提出は真面目にしていても思うように結果が出せない生徒には,「教科書よりももう少し易しい問題に取り組んで,基本的な理解を促そうか?」や「動画を見てもどうしてもわからないことは必ず質問してね.丁寧に解説するよ」と提案できるでしょうし,提出がなされていなくても高得点の生徒ならば,「他の科目の調子はどう?現状はしっかり理解できているようだから,他の科目の学習に重点をおいても大丈夫だよ」や「今の内容もの足りない?もっと難しいことにチャレンジしてみる?」みたいにも話せるように思います.
 いずれ生徒たちが自分の力や関心に則って数学に取り組んでもらえるような活用にもなると思っています.

“課題”による生徒の可処分時間の奪い合いだけは回避する

 最後に,中間試験返却の際に実施した振り返りアンケートの中で,とても気になった回答があったので共有します.
質問は,「今回ワークを提出しないと回答した理由を記入してください」というものです.

「やりたいと思ってたけど任意なら、まず他の教科を終わらせてからにしようと思ったけど数学まで手がまわらなかった」
「提出しなくてもいいなら、他の教科の提出物に手を回した方が良いと思ったから。」

 こういう回答があったからといって,僕は強制的に提出させようとは全く思いませんが,少なくとも強制的に提出させる科目があることで,自主性を重んじながら進めている科目の取り組みが疎かになることもまた事実です.1日6〜7時間授業を受けた後に部活動も行い,さらに強制的な“課題”まで課される.こんなことをしていて,新学習指導要領にするようなさまざまな力を養うことは果たして可能でしょうか?
 日本は,短歌や俳句などの短詩系文学や水墨画のようなデッサン的な絵も立派な作品として認められています.外山滋比古氏が『日本語の特質』でも述べているように,日本には「削り落としの原理」が本来ならば働くはずで,“余白”こそが日本の特質と言えるでしょう.
 しかしながら,今の“課題”の出し方は,生徒の“余白”を奪うものになっています.しかもそれが教員側の都合で可処分時間の奪い合いをしているとしたら,生徒主体の授業からは程遠いものになってしまいます.

 実業家である“ホリエモン”こと堀江貴文氏が「他人の財産を奪うのと同等,いやそれ以上に罪深いことは,他人の“時間”を奪うことである」と話していましたが,これは本当に同意でしかありません.せめて機械的に“課題”を出すということだけはやめていってほしいと願うばかりです.夏休みに入り10日余りが過ぎようとしています.夏休みの“課題”,今からでも見直してみるのも悪くないと思いますよ!そもそも夏“休み”ですからね.




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