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悲観主義は感情で、楽観主義は意志の力による。|アラン「幸福論」(7)

おはようございます📚

引き続きアランの幸福論から心に残る言葉を解説していきます。
(次回で幸福論シリーズは最終回になります。)

まずはタイトルの言葉から。

悲観主義は感情で


 これまでもご紹介してきた通り、アランの幸福論はアクティブな行動をベースにしています。

 人間の感情は「情念」が支配的です。情念自体は生きていく上で必要なものであり、人間の活力の源でもあります。

 しかし、うまく付き合わないと情念に感情が支配され、とても悲観的になってしまいます(こちらの記事参照)。


 そしてアランは行動につなげるように、諭します。

幸福になりたいと思ったら、そのために努力しなければならない。
無関心な傍観者の態度を決め込んで、ただ扉を開いて幸福が入るようにしているだけでは、入ってくるのは悲しみでしかない。
「幸福論」(アラン)


楽観主義は意志の力による

自分の農地を耕す農夫は、いくら苦労があっても幸福だ。
「幸福論」(アラン)

 さあ、行動しましょう。

 自ら行動した結果、やってくる苦労は、受け入れやすい苦労です。これは、皆さんもご経験があるのではないでしょうか。

 私は10年ほど前でしょうか、会社で与えられたミッションに対して仕事をしていましたが、しっくり来ないのです。その時は上司にも反発し、負の連鎖が起こっていました。

 なんとか仕事を続けていたのですが、このまま継続できる気がせず、社内ではありますが企画書を作成して別の部署の公募で提案が受け入れられて、提案した企画を実施することになりました。

 その仕事が現在につながっているのですが、自ら提案した企画ですから他に賛同者を募る必要があります。また、社内の新たな試みのため経験者は不在。

 しかし、裏を返せばその分野では手を挙げた私が社内の第一人者である、と堂々と言えるんだ、と楽観的に捉えて、根気強く賛同者を集め、プロジェクトを立ち上げることに成功したのです。

 そんな経験から、自ら企てた仕事は前向きになれる、それは責任感と主体性があるからだ、ということを体得できた経験でもあります。

 確かに、その時は必死で悩みもありましたが意志の力で乗り切れたのだな、これが「自分の農地」なんだな、と振り返ることができます。

 プロジェクト提案などそう頻繁に行えるわけではありませんが、日々の仕事の中でも与えられる前に提案する、そんな意思表示をすることで随分と仕事がやりやすくなるのではないでしょうか。

自分で作る幸福は、けっして裏切らない

幸福はいつでもわたしたちを避ける、と言われる。
 人からもらった幸福についてなら、それは本当である。
 人からもらった幸福などというものはおよそ存在しないものだからである。
しかし自分でつくる幸福は、けっして裏切らない。
「アラン」(幸福論)

ひとたび得た幸福の日々も、自らの行動で得たものであれば逃げて行きません。しかし、人から頂いた幸福はコントロールできません。何かの環境変化にももろいのです。


日々の行動を、主体的に生きることが大事なんですね。

ではまた!

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