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言葉にできなことは、花で言え。1/2

 その病院は、ゆるやかな登り坂の突き当りにあって、その坂道は大通りには直角に接続している、信号を渡りその坂道に差し掛かると、うだるようなアスファルトの反射熱を遮るように植木が坂道の上まで伸びており、その区間だけは車も人も強烈な夏の日差しから幾分か逃れることができた。前にこの場所を訪れたのは、春先のまだ肌寒い時期で、近くに所要がありこの趣のある坂道を下から眺めたのを覚えてる。私はちょうどその繁茂な木々の間にのびた歩道を覚悟をきめて登り始めた。横を何台もの車が行き交う、幸い歩道と車道が植栽で分けられているので、危険は感じないが、こんな盛夏のしかも午後の一番熱い時間帯を歩く人などなく、病院に用のある人ならば、たいていは車を使うであろう。

 それでもいくらかは人の往来があるようで、遥か頂部の病院の門前では幾何の人たちが今まさにこの坂を下りようするのが陽炎の様に見受けられた。周辺は一応閑静な住宅地でもあるのだが、大通りとの接続部周辺には、小さな商店や昔は繁華を極めたであろう閉店したスーパーなどが並び、地下鉄の駅からやや距離があるにもかかわらず、この坂道も含めて人車の往来は結構あるようだった。板野の妻から連絡があったのは、一か月ほど前の夜遅く、ちょうど就寝しようとしていたところだった、いつもの習慣で枕元においた携帯が音をたて、甲高い頭に響くような声で坂野の急を告げられた、後になって軽い疾患でリハビリは必要なものの大事には至らないことがわかったのだが、寝苦しい夏の夜に聞いた」彼女のあの声が、しばらくは耳にこびり付いてはなれなかった。

 久しぶりに合う友人が病院のベットの上というのも気が重いが、その入院先がこの病院と聞いた時には友人の顔よりも、なぜかしらこの坂道のことを思い出した。登り始めてしばらくすると、歓声とともに子供たちが坂を下りてくる、坂の真ん中あたりに古いキリスト教の学校がありその生徒児童の下校時間にあたったらしい、彼女彼らの白い制服が夏の強烈な木漏れ日に反射して眩しい。


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少し昔の作品をのせてみました。

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