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素敵な靴は、素敵な場所へ連れって行ってくれる。46(最終回)

 地下鉄を降りて、日陰のない道を、汗をかいて歩き、ようやく会社のビルのポーチを抜けて入口まで来たとき、少し先を、着物を着た女性が歩いているのに、二人は気付いた。
こんなオフィス街に和服を着ている人自体珍しい、しかも盛夏は過ぎたとはいえ、まだまだ暑い日は続いている、ビルからか出てきた外国人達が思わずその人を振り返ってみていく、薄い水色の着物と、白い帯が涼し気で印象的だった。その人は何か急いでいるのか、小走りにビルの中へと入っていく。後ろ帯の花の絵柄が美しい。
少し遅れて、有美たちがビルの中へとはいると、その人は少しあたりを見回し、「あの絵」飾ってあったエントランスホールの壁を眺めていた。
ちょうど、有美たちがエントランスホールへ入った時、その人の顔を横から見ることができた。
その時、有美は思い出したように、急に立ち止まった、驚いた南村が、「どうしたの?」と声をかけると、有美は、「あの人です。」と言って、その人を見据えていた。
少し前、「あの絵」を見つめていた人だった、あの時は洋服だったので少し印象がちがうけど、シャープな顎のラインと、大きく美しい瞳変わらない。
「ほら、大津部長が、前に話していた、絵を見ていた凄くきれいな人って・・・あの人です。」
「ああぁ・・あの人が」
 驚くように南村も、その人を見つめていた、女性にしては高身長の南村よりも、少し背が高い、髪の毛をアップにしているせいか、襟から覗く肌が透けるように白い。
「ほんと、女優かモデルみたいだね。」
 その人は、暫くは呆然と前に絵が飾ってあった壁を見ていたが、そのままコリドーを通って受付の方へ向かって行った。
「あの人も、絵を見にきたんでしょうか?」
エレベーターホールへ向かいながら、有美は、南村へそう聞くと、
「そうかもしれないわね。」
 横目でちらっと、有美を見てそう言った。
 エレベーターを待つ間、有美はその女性が少し気なっていた、彼女は受付で、二言三言話すと、また出口の方へ向かっていくようだった。
「ほら、乗るよっ。」
南村にそう声をかけられ、慌ててエレベーターへ乗り込んだ。
 
 有美は、出かける準備ができると窓のカーテンを閉めた、その時、ふと窓の脇の床が、四角く周りと色が違っているのに気付いた。
 そこは拓海が使っていた本棚が置いてあった場所だった。いつもベッドに寝ながら、ここから本を取り出していたことを思い出した。
その部分だけ日に焼けなかったので、元の床の色が残っていたのだ。
改めて、少しがらんとした自分の部屋を見回す、慌ただしく拓海がこの部屋を出て行って、
もうこのくらいしか、拓海の痕跡も気配も残っていないのかと思うと少し寂しい気もした、けれど同時に、拓海と過ごした歳月の長さを実感させてくれた。
 昨日テレビで見た、拓海は元気そうだった、インタビューに答えて、次回作品の抱負を堂々と語る姿は、かっこよく有美は映ったし、もう違う世界に行ってしまったたんだと思わせてくれた。込み上げるような懐かしさを振り切って、テレビに映る拓海を見ていても、好きだった拓海のあの眼は、そこにはもうなかったし、能弁に時に笑顔で話す拓海は、つい最近まで、ここにいた拓海と違う人のように、有美には思えた。
 そう思うと、何か急に見ているのがつらくなり、有美はテレビを途中で消してしまった。
静かになった部屋で、一人で夕食を食べ始める、一緒に暮らし始めたころは、食事をしながらでもいろいろなことを二人で話し合った、怖さ知らずの、煌めくような日々だった、けれど時間ともに、お互いにすっかり変わっていった。
振り返ってみればそれは、少し不思議な気持ちもしたが、よく考えれば、それは、至極当たり前のようにも思えた。
不変なものはどこにもない、好きだった拓海が遠くに行ってしまったように感じたように、有美も、知らない間に変わってしまっていたのだろう。
すり減ってしまった愛なんて、お互いに持っている意味なんてない、薄くなってしまった一片を二人同時に捨てただけの事だった、ただそれだけの事だ。
今は、自分の事だけを考えていればいい、あの女神のように、南村のように、ただ前だけをみて進んでいけばそれでいい、日焼けしなかった、床を見ながら有美はそう思った。
 
スマホが鳴っている、たぶん紗季からだろうと思って、取り上げると、南村からだった、「もうすぐ着くよ」と、ラインのメッセージだった。
 有美は、急いで、バックをもって部屋を出た。
 
 
 南村が退社してから、一か月くらいたったころ、有美は久しぶりに彼女に連絡を取った、南村も新しい職場で忙しいのか、少し声が疲れているようだった。
その時、有美は、どこかへ行きませんかと誘ってみた、南村が会社を退職してからの間、自分の身にいろいろとあったことを、彼女にゆっくりと話してみたくなったからだ。
暫くして、南村から返事があった、「何もないところだけど。」断ったうえで、来週サーフィンで御宿へいくので一緒にどうかと 聞いてきた。
南村がサーフィンをしていることも知らなかったが、御宿なんて小学校の時、確か海水浴に連れて行ってもらった以来の記憶しかなかった、随分久しぶりに聞いたような地名だった。
有美は、サーフィンはしないけど、一緒に行くと答えた。
有美にはどこでもよかった、寧ろ何もないところの方がいい、それに海にも、暫く行っていなかった。
 
湾岸線を走ると、羽田空港を抜けて、川崎のジャンクションからアクアラインへ入るとき、大きく海の方へ向かってUターンする格好でアクアラインのトンネルに入る、そのトンネルに入る手前、道路がやや直線になり、前方に遮るものがなくて、フロントガラスいっぱいに空が広がる。ハンドルを握りながら、遠くの空を見て
「ああ、雨かもね」
南村が、独り言のようにそう言うと、有美がその言葉の意図を確かめる間もなく、車はアクアラインのトンネルに入る、長いトンネルを抜けて、海上に出ると、再び南村が
「やっぱり、天気悪くなりそうだね。」という。
 海の上を疾走する車からは、青空しか見えない、
「えっ?どうしてですか?」不思議そうに、有美がその訳をきくと、
「ほら、ずっと先に、あの山の上に雲が、固まっているでしょ? あれがあると、御宿は雨が降るのよね。」と、片手で、その方向を指さす。
 南村の言う通り、薄雲の空に、その山の頂にだけ、少し濃い雲が浮かんでいた。

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今宵も最後までお読みいただきありがとうございました。

ようやく書き終えました。
こんな結末でいいのかなと迷いながら、一応この物語は終わりになります、

そして次回からは、三人の女神の最後の物語を始めます。


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