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素敵な靴は、素敵な場所へ連れて行ってくれる。  32

 「演技、演技っていうけど、みんな一日中演技して生きてるんじゃないかなぁ・・・・私だって、会社へ行けばそれらしく振舞うし、友達のまえで、カッコつけるときもあるし、貴方の前でだって、気を使って振舞うときもあるし、それも全部演技なんじゃないのかな。そう思うと、演技なんて別段特別なものではないし、それをあえて、見に行こうとは思わない、ストーリーを追うなら本を読んだ方が早いし・・・身の回りの人を見ているだけでも結構おもしろいよ。」
 有美は、前に拓海に、観劇を誘われたとき、確かそう言った事を思い出した、その時は能弁に自分の演技や演劇に語る拓海に対して、すこし辟易していた気もする。
 
「そうだね、次の公演は、一度見に行ってみようかな・・・・・・」
黙ってビールを飲んでいる拓海に向かって、有美は少し気遣うように、そう話した。
 拓海は、ビールを全部飲み干すと、いつものように、黙ってビールの缶を片手で押しつぶして、目の前のゴミ袋へそれを投げ入れると、
「うん、今回は、もし時間があるなら、是非見に来てほしいんだ・・・・・」
力なく、有美に言うと、スマホを手にしてベッドに大の字になった。
 有美は、拓海の少し残念そうな顔つきを見て、悪いことをして親に怒られた子供のような気持ちになった。
 
 
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地下鉄の駅から、勤務先の入るビルまで日陰のない道を歩かなければいけない有美にとっては、その時間は短いながら、毎夏苦行に近い時間だった。
けれども、ようやく、薄いブラウスを通じて感じる日光が少し和らいで、来ているように感じた。気温は相変わらず高いけど、もうすぐ夏が終わるんだという、寂しいような、嬉しいような気持ちがしてくる。
ビルに入ると、今朝は思わず、「あの絵」を見上げた。
エレベーターホールへと向かう人流に逆らうようにして、ちょうど絵の正面に立った。
 絵を見上げたまま、少し目をつむって小さく深呼吸をする。
 それが終わると、有美は再び絵を見上げる、
 自然と視線はあの真ん中の女神を見つめる、少し前、盛夏の日にゆっくりとこの女神を眺めた時以来、自分の周りに小さな波風が起きて、その変化は続こうとしている。
 有美はたわいもないような、この小さな変化が、これから大きな変化へと続いていくのだろうかと、女神たちのいるあの青い荒野のような世界をみながら、そう夢想する。
 両手をひろげ、視線を天空へと向ける、あの女神の視線の先に、なにがあるんだろうと有美は思った。
 
 有美は、銀座のあの甘味屋で話して以来、南村とは少し距離が縮まったような気がした
実際、南村が直接有美に指示を出すことも多くなったし、部内の大切なミーティングに呼
ばれることもしばしばだ。
 有美の専門のプログラミングに関しては、部内にあまり詳しい人間がいないのも、時には、直接南村が、有美のデスクまでやって来て、
「あなた、これどう思う?」と、資料を見せて、有美に意見を求めることさえあった。
有美も、それに応えるように的確な意見も進言したし、今まではどちらかというと、言わ言われたことだけに、応えていただけだったが、有美自身、南村たちのプロダクトには徐々にではあるが、興味もわいてきた。この会社へ入って初めてと言っていいほど、仕事に対して積極的になれた。
 年齢層の広かった、前の部署とは違い、比較的、有美と年齢が近くて若い人の多い、この南村のセクションは、彼女の方針もあってか、闊達に意見が飛び交い、躍動的な雰囲気も有美には合っていた。
 最近は、昼近くなると、毎日のように紗季がこの階へ上がってくる。昼食を一緒に取るためだが、時には多忙でそれさえも断ることも多かった。


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今宵も最後まで、お付き合いくださりありがとうございました。

キャラクター作りが、凄く苦労しました。

悩んだ挙句、際立つ個性より、凪のような個性を強調させて仕上げました。

またご感想をお聞かせください。
 

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