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素敵な靴は、素敵な場所へ連れていってくれる。 8

 ビルの中に入って館内の冷気が段々と、心地よく思える日が増えてくると、有美は夏が近づいてきていることを実感する、地下鉄の駅からほんの五分か十分歩くだけなのに、日々その冷気が恋しくなってくる。あまり暑さが好きではない有美は、その快適な冷気が待ち遠しい、まだ六月だというのに、地下鉄駅から会社までの道程が憂鬱に感じてしまう。
朝から、強烈にアスファルトに照りかえす日差しを避けるように、ビルの中へ駆け込むと、そこは有美にとっては、別世界のように心地よい快適な世界だ。
 


有美は、まるで一仕事終えたように、小さく息を吐くと、いつものようにそのエントランスの正面に掲げられた絵を見上げる。ほとんどの人たちは、そんな絵には見向きもせずその先のエレベーターへと急ぐ。
有美はまるで砂漠の中で、オアシスを見つけた、旅人のような気持ちでその絵を見上げる。
絵画などいままで、全くと言っていいほど興味などなかったが、ちょうど二年前はじめてこの会社に来たとき、この絵が印象的だったことは今でもはっきりと覚えている。何がモチーフなっているのかはわからなかったけど、描かれた三人の女性たちがまるで女神のような微笑みとともに描かれたその絵は、不思議と有美を別の世界に誘うような、不思議な魅力に満ちた絵だった。
「あれから、もう二年かぁ・・・・・・」
 有美はふと、小さく呟くと、改めてその絵を見上げる。絵は変わらないけど、自分も自分の周りの環境も少しずつ変わっていったような気がした。
「おはよう・・・」
そう言って、紗季が後ろから声をかけてきた。
「あれ、なにしてる?」
 絵を見上げている有美に向かって、後ろから不思議そうに紗季が尋ねる、有美はなんでもないよと、笑顔で答えると、
「さぁ、仕事、仕事」と言って、二人してエレベーターへと向かった。
有美が席に着くと同時に、セクション全員がミーティングルームへ呼ばれた、そこには見慣れない男性が二人いて、彼らが飯田の後任だとすぐにわかった。

一人はまさに飯田の後任と一目わかる、小柄な眼鏡をかけた男が依田という、以外にも、もう一人依田より若い新任が部長から紹介された。若い方ほうが、依田の上司になるらしい、大津という長身の痩せた男は、有美よりは少し年上くらいの年齢だろうか。
部長から簡単な二人の紹介と、チーム七人の自己紹介のあとは、それぞれが自席へと戻った。
部屋を出る際に、紗季が小さく有美へ
「二人もここに、必要かな・・・」と訝しげに、有美へ囁く。有美は少し笑みを浮かべて何も答えず自席へと着いた。
 席へ帰ると、有美は仕事を始めた、ふと上席のほうへ目をやると、依田の席の前で、大津が二人で何か打ち合わせをしている。若い大津からしてみれば、かなり年上の依田は使いにくいだろうと有美は思った。
 有美のいるセクションは、派遣の有美と紗季を合わせても、七人しかいない、大津はあと2つのセクションも併せて管理するらしい、依田と少し打ち合わせた後は、足早に上の階のフロアに向かって行った。
 
「大津さんは、いつもは7階にいるらしいよ」
昼休みいつものように、昼食の後二人で買ってきたコーヒーを飲みながら、一階のロビーで紗季と話していると、彼女が有美へそう話した。
仕事以外、あまり会社の中の世事に興味のない有美と違って、概して社交的な紗季は早速仕入れてきた情報を有美へ披露する。
「なんか、依田さんのお目付け役らしいよ、大津さんて」
紗季の話によると、依田も前任者と同じ定年間近の人間らしい、ただ前任の部署か出向中の子会社で問題を起こしたらしく、会社としてはかなり要注意人物らしいという噂だ。
「それで、わざわざ、大津さんが、その監督役に、来たわけか」
「なんか、そうらしいわ。」
有美は依田の意地悪そうな目を思い出しながら、
「何となく、そんな事を起こしそうな、感じね」
「飯田さんみたいに、温厚な性格だったらいいんだけどね」
コーヒーを飲み干しながら、紗季がそう言った。
「うん、けどなんか、少し意地悪そうな顔つきだね・・・」
 有美は、はじめて会議室で出会った印象をそのまま、紗季へ話した、今朝ミーティングルームへ入って、飯田と目を合わせたとき、彼の瞳の奥にどことなく、小意地悪そうな感じを受けた、話すときにぎょろぎょろと動く瞳もどことなく、厭わしそうだ。
 「ひょっとしたら、大津さんは、間に入って少し大変かもね、年下のあんな部下を持って、けどまあ、うちらには、あまり関係はないけどね・・・・・・」
紗季は飲み干したコーヒーの紙コップを、握りつぶすと、さあ仕事だと言って、席を立った。

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今宵も、最後までお読みいただきありがとうございました。

主人公たちは、私と少し年齢的に、離れているので、なかなか、

彼女たちの皮膚感覚をつかむのがむつかしいです。

これでいいのかな?と手探りで書いています。

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